第4話 憧れる大人の女性は、目力の半端ないご夫人でした

 ローズは理由をこじつけて母をその場から離れさせることに成功すると、すかさず先程のご夫人達の輪の中へ合流した。


「皆さま、ごきげんよう。わたくしもご一緒させて頂けますでしょうか?」


「あらあらローズ様。ごきげんよう。娘たちでしたら、庭園のテーブルでお喋りに夢中になっておりますわ。あちらでご一緒なさっては?」


 夫人の一人に、小娘がいったい何のようだ、と鼻であしらわれるが、そんな事は想定内だ。


「あら。でも娘たちは殿下の婚約者候補の話題で盛り上がっていますから……候補にも挙がらないローズ様にあちらに混ざれというのは、酷ではなくて?」

 気の毒だわ、と口で言いながら13歳の少女の心を傷つけて日頃の鬱憤を晴らそうとするこのご夫人は、結婚生活がよほど不幸なのだろう。


(幸せな人は意地悪しないというものね)


「先程から、『ローズ様』がどうとかこうとか、良く理解できないお話が耳に入ってきたものですから、皆さまの方がわたくしとお話ししたいのではないかと思いまして」


「あら嫌だ。聞こえていましたのね」

 聞こえるもなにも、あれだけ大きな声で喋っていたら聞く気がなくとも嫌でも耳に入ってくる。


(加齢性難聴にしては、若すぎるから……故意に言ってたということね)


「いえね、ローズ様はさすが眉目清秀なモンソー侯爵と、社交界の華でいらっしゃるフローランス夫人の血を受け継いだお嬢様だけあって、大変お美しいわねと話しておりましたのよ?」


 口元を扇で隠しながらそう答えた夫人だが、緩んだ口元が下品な笑みを浮かべている。


「わたくしの耳には、私が母の愛人の子だと、ヴィラール伯爵夫人がおっしゃっていたのが聞こえましたが。侯爵家の名誉に関わる問題です。情報の出所を教えてくださいませ。場合によっては法的措置も検討しませんと。……まさか、夫人の妄想だなんておっしゃいませんわよね?」

 いきなり名指しされたヴィラール伯爵夫人は、驚きと戸惑いで顔を真っ赤にしている。


「それからベルタン伯爵夫人は、私の髪瞳の色が兄姉と異なるから、とおっしゃられていましたが、青色と緑色の瞳を持つ両親から生まれる子どもが、同じ瞳の色を受け継ぐとは限らないのですよ。青色は遺伝子的に発現率が低いものですから」


「っ、なにを!! 根拠もないことを」


「科学的な根拠に基づいた事実です。それに――」


「たしかに、青色と緑色の瞳を持つご両親から異なる色の瞳を持つお子さまが誕生する話は時おり耳にいたしますわ。現に第二王女殿下の瞳も茶……。これ以上は申し上げなくとも、皆さまお分かりですわよね?瞳の色を理由に愛人の子だなんだと邪推するのは、自らの教養のなさを曝け出すようなもの。皆さまの名誉のためにも、今後はそのような発言をお控えになることをお勧めいたしますわ。

――それから、ゴーティエ伯爵夫人。我が家にも、様々な医師が色々な理由で出入りしておりますが、それは家族の健康を管理するためもの。皆さまと同じように。それが身持ちの悪さにつながるだなんて。おほほ、おかしな話ですこと。

 わたくしの主宰するお茶会でこれ以上、若いご令嬢を辱めるような言動はお控えくださいませ。よろしいですわね!?」


 目力が半端ないこの夫人の有無を言わせない迫力に、ベルタン伯爵夫人もヴィラール伯爵夫人も、ゴーティエ伯爵夫人も、顔を青くして俯いている。



「……助けて頂きまして、ありがとうございます。」


「いいえ。御夫人方の失礼な言動、主宰者としてお詫び申し上げます。どうか、わたくしに免じてお許しくださいね」


「そんなっ、もちろんです」


「それから、ローズ様はご両親に似てとても勇敢で美しいわ。貴女の成長を、心から楽しみにしていますね」


 その夫人は、先程ご夫人達に向けていた厳しい表情とは打って変わり、春の女神のように穏やかな顔でふわりと笑いかけてくれた。


 ローズにとって、このように見える形で大勢の悪意ある眼差しから助けられたのは初めての経験だった。母のフローランスは慈愛に溢れた心優しい女性だが、直接的に相手と対峙してまでも娘の名誉を守れるほどの逞しさは持ち合わせていない。


(憧れる大人の女性……)


 ローズが目指す理想の女性像に加えられたそのご夫人と再び対面するのは、5年後、7回目の婚約が結ばれた時であった。

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