第3話 それって、美人な母に対する嫉妬ですよね?(ローズ13歳)

 アステリア王国における成人は18歳だが、社交界デビューを果たすのは16歳である。

 現在13歳のローズは、デビューまであと3年ある。だからといって、貴族社会と無縁でいるわけにはいかない。13歳ともなると、貴族の邸宅で開かれるお茶会に招待されるようになるからだ。


 ローズもその頃には母のフローランスに伴われ、様々なお茶会へ顔を出すようになった。それは、一見華やかでありながら、妬み嫉みの渦巻く貴族社会にデビューすることを意味した。


“アステリア海の真珠”と称えられるフローランスは、いわゆる正統派の美人である。

 ゆるいウェーブのかかったシルバーブロンドの髪はサラサラと波打ち、南国の海を彷彿とさせるエメラルドグリーンの瞳は、包み込むような深い愛情をたたえている。


 華麗な外観を持ちながらも奥床しく、物静かな彼女の立ち振る舞いは、老若男女を問わず魅了した。そんなフローランスを射止めたのは、ダークブロンドの髪に冷徹なアイスブルーの瞳をいだいた、偉丈夫と評判だったアランであった。


 2人の婚姻は、当時の社交界を華やかに彩るものであったが、それを嫉妬の眼差しで見つめる者もまた、数多くいた。


 そんな2人の年の離れた末娘であるローズには、早晩、悪意ある眼差しが向けられることになる。それは、若き日のフローランスに懸想した夫を持つご夫人達の、嫉妬にまみれた20年越しの復讐でもあった。


 今日もローズはフローランスに伴われ、とある公爵夫人が主催するお茶会に参加している。


 温室に設けられたテーブルに集まった母親たちの間では、第二王子殿下の婚約者に誰が選ばれるかの話題で持ち切りだった。


 伯爵家以上の出自の令嬢ならば、一度は王家主宰のお茶会に呼ばれ、第二王子に謁見している。そのため、同年代の少女達は庭園の四阿に設けられたテーブルに集まり、その時の話題でキャッキャと盛り上がり情報交換をしている。


 その様子をローズは一人、離れた場所から眺めていた。

 彼女も有力貴族たるモンソ―侯爵家の令嬢であるが、背中の傷痕を理由に殿下の婚約者候補からは外されていた。当然、王宮で開かれるお茶会に声がかかることもない。


 本人も家族も、不幸中の幸いだと喜んでいたのだが、世間はそうはみないようだった。どのお茶会に参加しても、蔑んだ目で見られるか、哀れみの視線を浴びせられる。


 庭園にいる令嬢達の輪に加わる気にはとてもなれなくて、温室で育てられている果物が実る樹木や珍しい花木を愛でながら歩いていると、思いがけず母親たちの会話が耳に入ってきた。


「モンソ―侯爵夫人は気楽で羨ましいわ。ローズ様は殿下の婚約者選びとは無縁でしょうから。ドレスを新調する必要もなければ、淑女教育に注力する必要もありませんものね」


「あら、ローズ様は婚約者候補から外れていらっしゃるの? どうりで王家主宰のお茶会で見かけないわけだわ」


「だってほら……身体に酷い傷があるらしいじゃない。そんなは、さすがに、ねぇ」


「あら。お茶会に招待されないのは、出自に問題があるからではなくて? 大きな声では言えませんけれど、ローズ様の父親はモンソ―侯爵夫人の愛人の一人らしいじゃない」


「ローズ様はモンソー侯爵家の子息令嬢の中でただ一人、髪瞳の色が異なりますものね」


「わたくしは、違う意味でだと耳にしましたわ。なんでも、ローズ様のもとには定期的に婦人科医が訪ねているのだとか。それって、つまり懐妊の可能性があるってことでしょう?」


「あら嫌だ。愛人を作る母親の娘だけあって、身持ちが悪いのね」


 事実の中に作り話が混ざると、物事は真実のように受け止められやすい。

 確かに、ローズの兄や姉が黄金色の髪の毛に、孔雀の羽根のような青みがかった鮮やかな緑色の瞳を持つのに対し、ローズは琥珀のようなアンバーの髪に、ラベンダーの花に似たパープルの瞳をしている。


 ローズは間違いなく、父アランと母フローランスの娘である。

 が、瞳色が異なるわけを知るのは、ごく限られた者だけである。


 また、確かにローズは健康管理の一環として定期的に婦人科医でもあるマリアンヌ先生の診察を受けている。

 しかし、どうしてそれが身持ちの悪さにつながるのか。


(よくもまあ、ありもしないことを本当のことのように言えるものね)


 少し離れた場所の異なるテーブルで歓談している母を見やると、いつもどおり穏やかな微笑を浮かべていた。

 けれど、きつく握りしめた両手が小刻みに震えているのを見て、先程の醜聞が母の耳にも届いたのだと気づいた。


(私は、いずれこの貴族社会からは距離を置く。でも、母様は、この閉塞的な社会の中でこれからも生きていかなければならない。だとしたら、こんな悪意ある風聞に母様の心を穢されたくない)

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