第2話 前世は軍医だったようです(ローズ10歳)
高熱にうなされて目を覚ました。
背中が焼けるように痛くて、喉が張り付くように乾いている。
「お嬢様!? ローズお嬢様!? お目覚めになられたのですか!? サラでございます。お分かりになりますか? あぁ、神様に願いが通じたんだわ。今すぐ旦那様と奥様を呼んでまいります!」
安堵の涙を流しながら、ローズの小さな手を握りしめる年若き女性。
(ん? お嬢様? 私の名前は“あさひ”なんだけど。それに、27歳の私は『お嬢様』と呼ばれるような歳じゃない。でも……それにしては手が小さすぎるわ)
そう思った瞬間、大量の情報が頭の中を駆け巡りローズは再び深い眠りについた。
夢の中で“あさひ”は、婚約者の“リョウ”と二人、浜辺に並んで腰かけながら、広大な海に沈みゆく夕日を眺めていた。学生時代からずっと付き合ってきたリョウにプロポーズをされて、その場で承諾をしたあの日に見た夕日だ。あさひにとって、人生で一番幸せだった日。
なのに……リョウは結婚式を目前に控えたある日、遭難者を救出する職務の途中で二次災害に巻き込まれ、死んでしまった。
リョウの死亡確認をしたのは、同じ軍隊に所属していた医師であり、彼の婚約者でもあった“あさひ”だった。
いつも陽だまりの匂いがしていたリョウの体は、冷たくて、硬くて……彼がもうこの世界にいないことを思い知らされ、絶望した。
(救えなくてごめん。間に合わなくてごめん。守ってもらってばかりでごめん)
涙が、とめどなく流れた。
大好きな男性と幸せな家庭を築き、子どもを産み育てる未来をあんなに夢見ていたのに。そんなことを当たり前のように享受している女性が、世の中にはこんなにもたくさんいるというのに。
(人生はなんて、不条理なんだろう……)
再び目を覚ますと、美しく繊細な彫刻が施された天井が目に入った。
夢で見たのは、おそらくローズの前世なのだろう。
27歳の軍医だった“あさひ”が、今は全く異なる世界で、アステリア王国の有力貴族であるモンソー侯爵家の次女、ジョゼフィーヌ=ローズとして生を受けている。そしてなぜか、ミドルネームの“ローズ”の方で呼ばれている。
背中に走る鋭い痛みに違和感を持ち、顔をしかめながら何とか上半身を起き上がらせようともがいてみたが、お腹にまったく力が入らない。
(どうやら、長い間寝たきりだったようね……)
不思議なことに、今世の家族や使用人のことは何となく覚えているのに、これまでの記憶だけがすっぽりと抜け落ちている。
直ぐにローズの侍女兼護衛を務めるサラがやってきて、モンソー侯爵である父のアランと、侯爵夫人である母のフローランスを呼びに行ってくれた。その後のお屋敷は、ローズが目覚めた喜びでとにかく大騒ぎだった。年の離れた末娘であるローズは、家族から大変溺愛されている。
翌日、アランの古い友人であり、王立医学アカデミーの教授でもあるエドモン医師と、女医のマリアンヌ先生が侯爵家を訪れた。
診察の結果ローズが把握できたのは、現在10歳であること、この傷が不幸な事故によるものであること、そして、背中から腰にかけて15センチメートルにも及ぶ真剣による切創があることだった。
不可解なことに、目覚めてから数か月が経った今でも、受傷の経緯について誰も口を開こうとしない。ローズも、聞いてはいけない気がして敢えてその話題に触れることはしなかった。
一つ分かった事があるとすれば、その事故が父の外遊先、つまり外国で起きたものであるということだけだった。
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