第2話 バレンタインデー

 今日はバレンタインデーだ。


 今日は休み。

 本当は警備員のバイトがあったけれど、ミーアの配信に備えて休みを取っていた。振り返り配信に備えて数日休みを取っている。


 あ、自宅警備員じゃないぞ! 施設警備員だぞ! 生活費とスパチャ代を稼ぐ必要があったからな。


「はぁ……」


 ため息が止まらない。

 すべてをミーアに捧げるために大学まで中退したのに、僕はミーアに捨てられた。

 ……いや、僕がミーアを捨てたんだ。彼女はまだ僕をブロックしていない。だから、配信を観なければ僕がミーアを捨てたことになるんだ。


 でも、油断するとすぐにタブレットを開いてしまう。もう体がその動作を覚えてしまっていて、無意識状態になると勝手に体が動いてしまうのだ。


「あーっ、もう!」


 体が勝手に動かないよう、僕は寝ることにした。予定も心もポッカリと空いてしまったのだから、それを意識しないためにも、もう寝るしかない。

 僕はベッドの上で布団にくるまった。で、寝た。



 どれほど時間が経っただろうか。元々そんなに眠くなかったから、目覚め後の頭はスッキリしていた。


 ふと何かが気になった。違和感がある。

 その正体は探すまでもなく、すぐに見つかった。


 ベッドの隣にあるローテーブルに、小さな赤い紙袋があった。

 何だろうと思い、それを手に取り中を覗き込む。


 箱が入っている。赤く細いリボンで結ばれた小さな箱。

 それを取り出してリボンを解き、箱を開ける。


「こ、これは……」


 チョコレートだ。


 しかし、誰が? 僕宛てでいいんだよな?

 でも、一人暮らしで部屋は施錠してあるのに、どこから入ったのか。


 僕はいちおう確認しに行った。

 玄関はちゃんと鍵がかかっているし、ベランダの扉も鍵が閉まっている。

 まさかアパートの管理人が勝手に入ってきたわけでもあるまい。


 分からない。どうやって入ったのか、誰が置いたのか、てんで分からない。


 しかし、これは僕にとって人生初のバレンタイン・チョコレートだ。


 嬉しい……。


 しかし怪しい。

 つい昨日、大量の人に嫌われたばかりだ。その中に僕の家を知る者がいるはずはないのだが、絶対にいないとは限らない。

 毒を盛られているかもしれない。


 でも……いいんだ!


 だって、バレンタイン・チョコレートなんて男の夢だし、それを人生で初めてもらえたんだ。

 たとえ毒が入っていたとしても構わない。

 悪意のある男の仕業だとしても構わない。

 僕はこれを愛として受け取るんだ。


「いただき、ますっ!」


 僕は食べた。

 昼食代わりも兼ねて、チョコレートを貪り食った。

 泣きながら食った。


 しょっぱい。涙の味がする。涙のせいで甘さも苦さも感じられない。

 初めてのチョコは、涙の味だった。

 せっかくのチョコレートの味を堪能できなかったが、構わない。もらったことに意味があるし、食べたことに意味がある。


 どうやら毒が盛られているわけでもないらしい。すべて平らげたが、べつに体の不調もない。


「ごちそうさま、でしたっ!」


 この満足感、多幸感の中で寝たら、どんな夢が見られるだろう。きっと天国で天使と遊んでいる夢でも見られるに違いない。

 さっき寝たばかりで眠くないけれど、不眠治療のときに使っていた睡眠薬を一錠飲んで寝ることにした。


「おやすみ、なさいっ!」

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