第16話 ブロッシュとダウ
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使えるものを探しに地下室に行く前に、僕たちは一度パムの部屋に戻り、三人で昼食をとった。
僕はリグから手に入れた情報を、バールに関する部分だけ除いて二人に報告した。パムは心配そうにしながらも、僕を止めはしなかった。
「イサが必要だと思うなら、ぼくは信じるよ。……でも、危険なことはしないで。カナもだよ。もし、どちらかが怪我をしたら、ぼくのところへ来て」
咳き込みながら言う友達に、僕は「大丈夫」と請け合った。
誰もいない部屋の扉を開けるだけだ。人間がいないところには、大した危険はない。
それに、万が一何か起きて重傷を負ったとしたら、できることは何もないだろう。パムは治すと言うけれど、《城》には薬も医療器具もない。治療のしようがないはずだ。
簡単な食事を終えると、僕とカナはパムの部屋を出て、もう一度中央棟へ向かった。
回廊に下りると、ちょうど庭園からシアが入ってきたところだった。今日はひとりだ。ディナは夜行性だから、この時間には寝ているのだろう。
僕の顔を見ると、シアは声をかけてきた。
「情報屋さん。ねえ……エタの情報、持ってる?」
顔色が悪い。リグが言っていたことを僕は思い出した。「おれの他にも、気づいた奴、いると思う」。エタが死んだことは、もうかなり《城》の中に広まっているようだ。
「エタ? 死んだらしいね」
試しに言ってみると、シアは神経質に声を高くした。
「そんなこと知ってるわよ! 見たの! あたしだけじゃないわよ。皆、見に行ってる。あたしが訊いてるのは、誰がエタを……エタに、あんなことしたかってことよ……!」
他の子たちも離れに野次馬しに行っているのか。怖いもの見たさにも程がある。
僕は首を横に振った。
「悪いね。まだ情報がない」
「本当に?」
シアは信じなかった。回廊を歩く僕の後ろにくっつき、しつこく尋ねてくる。
「リグから聞いたわよ。あなた、けっこう早く情報持ってたんでしょ? 何か調べてるんじゃないの?」
「調べてるけど、成果がなくてさ」
「嘘。ねえ、教えてよ。代金は何? 何を払ったら、教えてくれる?」
声がおかしい。正直に答えているのに、聞いてくれない。
シアは僕に何か知っていてほしいのだろう。不安だから。よりどころが欲しいから。恐ろしいことが起きて、理由が分からないまま放り出されるのは、誰だって苦痛だ。
「ねえ、シア。ほんとに、分かんないんだよ」
カナがたしなめると、シアは振り向いて睨みつけた。
「邪魔しないでよ。カナはいいじゃない、イサがいるんだから。あたしは違うのよ。誰も守ってなんかくれない。自分の身は、自分で守るしかないんだから!」
言い合いを始めた二人を放っておいて、僕は地下室への階段を下りた。廊下の明かりをひとつだけつけ、いちばん手前の扉を開ける。
黴臭い匂い。照明のスイッチを上げると、散らかった事務室のような室内が照らし出された。
無愛想な金属の棚が壁際に並び、古びた書類挟みや止まった置き時計の間に、箱が詰め込まれている。以前に見たときには、中には文房具くらいしかなかったはずだ。何かうまい使い方ができるものがあればいいのだが。
「そんなんじゃないもん、イサは──」
「嘘。いいわよね、男引っかけるのが専門の子は。うまく立ち回って自分だけ──」
どろりとした怒りが、胸を掠めた。
僕は手近な箱を床に払い落とした。耳障りな音が埃っぽい空気を破り、文具が床に散乱した。シアが口を閉じる。
僕は振り返り、青ざめた顔を睨みつけた。何て言ってやろうか。いい加減にしないと、
安っぽい脅迫を口に出す寸前に、別の怒声が響き渡った。
「お──おまえらあ──入るな! 勝手に! ひとの部屋に!」
野太い声。カナが小さく悲鳴を上げ、躰を引く。
僕も意表を突かれた。急いで廊下に出て、声の主を確かめる。
階段の下からこちらを威嚇しているのは、バールとは違った意味で筋肉質の少年だった。背骨の曲がった前屈みの躰。肩から腰にかけて肉が異様に盛り上がった体型は、ずっと地の底で鉱物を掘らされていたかららしい。リグの痩せた躰と同じように、定義がもうこの形に固定されてしまっている。
ブロッシュ。
西棟の三階の広い部屋に住んでいたはずなのに、エタの件を聞いて地下に隠れたくなったのか。
「ちょっと道具を借りたいだけだよ、ブロッシュ」
興奮している相手をなだめようとして、僕は言った。
「引っ越してたって知らなくてさ。ねぐらを荒らすつもりはないから」
「こ、ここは、今日からおれの部屋だ!」
口から唾を飛ばしてブロッシュは怒鳴った。
もうひとり、階段を降りてきた少年が、僕を見て目をむいた。顔も頭の中身も牛に似たダウ。《城》に来る前は工兵隊で運搬作業を受け持っていたとかで、こちらも相当の筋肉だ。
「情報屋! ブロッシュ、こいつ、クロトの
「バール?」
ブロッシュが両目を見開いた。
まずい。
ダウとブロッシュは元々、ヤックの手下だ。ヤックが食料庫でバールに叩きのめされたとき、親分を置いて逃げた二人。バールの名前を聞くだけで、震え上がって逆上する。
「お、お、おまえ──バールの命令か! おれを殺しに来たのか!」
腹の底がびりびり震えるような声で吼えて、ブロッシュは僕につかみかかってきた。
「エタもてめえか! 今度は、おれが目障りになったのか!」
違う、なんて言っている暇はなかった。
逃げろと言う代わりに、カナを階段の方へ押しやる。棍棒のような腕を避け、突き出された拳を払いのける。そのまま僕も逃げたかったけれど、背の鎖をつかまれた。がくりと躰が引き戻され、息が止まる。
ダウだ。振り回され、躰ごと壁に叩きつけられた。衝撃が肩から肺へ突き抜ける。鎖を留める金具が、千切れそうに軋む。
ブロッシュが拳を振り下ろす。僕はかろうじて片手を上げ、顔を庇った。鉱山で鍛えられた一撃が腕に食い込む。重い痛みが骨まで響いた。顔に食らっていたら、間違いなく鼻を折った。
二人がかりで僕を押さえつけて殴ろうとするブロッシュたちの後ろで、シアがわめいた。
「ちょっと、やめてよ! あたし、情報屋さんに用があるのよ!」
「うるせえ、邪魔するな!」
近寄ったシアを、ブロッシュが突き飛ばした。
がつん、と凶悪な音が響いた。
ダウがぎょっとした顔を向ける。
シアは階段と廊下の間にうずくまり、呻いた。こめかみの横を手で押さえている。指の間から血が溢れて、手首から肘を伝って床に落ちた。壁の角に叩きつけられて切ったようだった。褪せた地下の灯りの下で、シアの血の色はぞっとするほど毒々しかった。
自分がしたことを見て、ブロッシュは、頭に上っていた血が急速に引いたようだった。
「ば、ば、ば、馬鹿野郎! おれの邪魔するからだあ!」
怒鳴ったかと思うと、階段を駆け上がって逃げていく。ダウも「ブロッシュ!」と声を上げ、僕を放して後に続いた。
またか。僕は息をついた。非常事態に弱い奴ら。逃げる以外の選択肢はないのか。
上の回廊に避難していたカナが、厄介事が去ったとみて、走って戻ってきた。
「イサ! 大丈夫?」
「僕はね」
肩や腕に痛みが走るけれど、大したことはない。痣になるくらいで済むだろう。重傷かもしれないのは、シアだ。
血に染まったシアの左半面を僕が手振りで示すと、カナは悲鳴を上げた。
「どうしよう──イサ、どうすればいい? 薬とか、包帯とか……!」
「ないよ」
首を横に振る。《城》に欠落している物資のひとつが、医薬品だ。布を当てて血を止めるくらいのことしかできない。脳に損傷があったら、お手上げだ。
シアは立ち上がろうとしてまたうずくまり、床に倒れ込んだ。手を突いて躰を起こそうとして、起き上がれず、自分の血の上に吐く。何が起きているのか分からないみたいな顔をしていた。
「――死ぬの?」
カナが青ざめて僕に尋ねた。僕は首を横に振った。
「分からない。でも、できるだけのことはしよう」
──もし、怪我をしたら、ぼくのところへ来て。
パム。
彼ならたとえ気休めにでも、シアを助けるために力を尽くしてくれるだろう。
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