第6話 宇宙人のゆかりちゃん
前世の巫女さんが表に出てきて私のやるべき事が判明した翌日、その使命を果たすために北海道にいる母に電話をしました。その時母は私の住んでいた実家ではなく、札幌の妹のアパートに一時的に滞在していたようでした。
母の能力を引き出すために、巫女さんが私の口を使って母に呼びかけます。
母の霊的な能力を解放することが周りを救うための力となること。早くそれを解き放って、役立たせるべき時が来たこと。
「あなた本当は夢を見る力があったでしょう?」
それを引き金に思うところがあったのでしょう。巫女さんの話を黙って聞いていた母は、その言葉に声を震わせながらこう言いました。
「ゆかりちゃんのことがあったから、もう絶対夢は見ないって決めたの」
母のこの言葉を聞いて私は昔、母に不思議な体験がなかったか尋ねた時のことを思い返していました。
*
保育園の頃に仲が良かった“ゆかりちゃん”という友達がいたこと。
別々の小学校に通うようになったあと母がゆかりちゃんの夢を見たこと。
二人で手を繋いで丘の上を歩いていたら空からUFOが現れてゆかりちゃんだけ連れ去られてしまったこと。
その翌日、学校に行くと「ゆかりちゃんが亡くなった」という話を聞かされたこと。
*
母は、“自分がその夢を見た事でゆかりちゃんが亡くなった"と感じていました。だから、「もう夢は絶対に見ない」と心に決めて、今日まで封印していたと。
――“ゆかりちゃん”
母がその名前を口にした途端、それまで巫女さんの口調で喋っていた私の口がこう口走っていました。
「ゆかりだよ!!!」
甲高く幼い女の子の口調でゆかりちゃんは焦ったように喋り始めます。
「ゆかりが死んだのは初音ちゃんのせいじゃないよ! ゆかりは元々宇宙人だったから宇宙に帰らないといけなくて、お別れを言いたくてあの夢を見せたんだよ! だから“初音ちゃんが夢を見た”から“ゆかりが死んだ”んじゃなくて、“ゆかりが宇宙に帰る”から初音ちゃんが“あの夢を見た”んだよ!」
電話越しなので表情は判りませんが、ゆかりちゃんとの再会に涙ぐんだ声で母が言いました。
「ゆかりちゃんのこと、全然会っていないのに何故かずっと今まで忘れたことは無かったよ……」
ゆかりちゃんと再び話せたことで頑なに閉ざされた心の鍵が外れたのでしょうか、母がゲホゲホと咳き込み始めました。体の中に溜まった不要なエネルギーが外に出される時に咳やゲップが出たりする現象があるのですが、その傾向が出始めたのです。
しかし、よっぽど硬く深い傷だったのでしょう。尋常じゃ無いくらいの咳き込みに加え、嘔吐まで引き起こし始めました。物理的にその光景を見ているわけではないのですが、頭の中にビジョンとして浮かぶイメージには、吐き出される負のエネルギーの真っ黒な影が母とその周りに覆い被さるように
命の危険を感じて、巫女さんとゆかりちゃんが叫びます。
「一旦外に出て建物の周りを一周回って来て!」
母はそう言われた通りに動きますが、ここで予想外の事態が起こります。
「鍵が掛からない……!」
電話越しに母の悲痛な声が聞こえます。アパートの部屋を出てカードキーを何度差し込んでも鍵が掛からないと言うのです。致し方ないので一旦鍵を掛けるのを諦めて北海道の雪に埋もれたアパートの周りを一周させました。そして、そのままその部屋に止まるのは危険と判断し、すぐに実家に帰るよう指示します。
しかし、またしても鍵が掛からないのです。うぞうぞとドアから這い出て母を再び取り込もうとしてくる黒い影をどうにかしなくてはと巫女さんが何かを呼び出します。
「ふぶき! 行って!!」
その瞬間白い影が素早く横切り、ドアの隙間から溢れ出た黒い影に噛みついて部屋の中へと押し込みました。それと同時にカシャン! と鍵が掛かる音が響きます。
そうして脂汗を滲ませながら、母は命からがらバスに乗り込み実家への帰路に着きました。
「ふぶきが助けてくれたね……」
ほっとしたように母が呟きます。“ふぶき”は昔飼っていた犬で母に一番懐いていた子でした。亡くなった今、母を護るために霊体としても働いてくれたのです。
『お母さん、大好きだよ!』
そう言ってふぶきが私の指を使って文字を打ったのを見て、私も涙が溢れました。
妹のアパートで起こった壮絶な出来事を乗り越え、バスの中で束の間の休息を取る中、ゆかりちゃんが母に語りかけます。
「これから力を取り戻して行こうね。初音ちゃんは海外にご縁があるから、写真や本をたくさん見てね」
――そして私もその日の夜、眠りに就こうと布団に入り目を閉じると頭の中にビジョンが流れ込んで来ました。まだ瞬きは出来るので夢とは違います。そのビジョンは、とても不思議な光景でした。
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