第1話 前世療法?

 二〇一六年五月、私・ユウコは横浜から福岡へ引っ越してきました。佐賀で四年を過ごした大学卒業後の進路は、地元である北海道か親戚のいる九州での就職を希望していたのですが「博多に事務所があるから東京の本社で三年ほど働いて、そのあと福岡に移るのもアリだよ」と説明を受けた会社に入社し関東へ。

 ですが、一向に移動が叶う気配は無く五年が過ぎ……“三十歳前には結婚したい!”という願望も持っていた私は、当時一番仲の良かった上司へ「雇用契約はそのままで拠点だけ福岡に移したい!」という相談をしに行ったのです。


 ……しかし、これが間違いでした。彼のアドバイス通りに動いたことで社内規定の手順から外れてしまい状況が拗れに拗れ……なんとか福岡への移動は叶ったものの、雇用契約を終了する事態に陥ってしまいました。


“同じ会社で働きながら福岡へ移動する”という当初の計画が崩れてしまい、とてつもなくショックでした。人生で一番の大ダメージです。

 転職しようにも資格はなく、“未経験者歓迎”のリミットはギリギリ過ぎる年齢でした。決して少なくはなかった額の月給も浪費癖に消え失せ貯金もない。こんな状態でどうやり過ごせば……と途方にくれました。

 実家に戻れば家賃や生活費は浮きますが、人間関係を拗らせて誰にも心を開けなかったトラウマが残る北海道に帰るのも嫌。だったらもう永久就職(=結婚)するしか……! と完全に人生の迷走期に入り込んでしまったのです。


 婚活するなら見た目も重要だよな……とファッションやメイクのセミナーに申し込んでみたり、転職先の条件を見ては諦めたり、選り好みして手を引っ込めたり……と“自分探しは学生時代に終わらせとけ!”状態を悶々と繰り返していたところ、ふと、何の脈絡もなく思い浮かんだことがありました。


(そういえば私……“前世”を見てみたいって思ったことあったなぁ……)


 完全に現実逃避の所行ですが、咄嗟の思いつきに流されるように“前世 福岡”とパソコンに打ち込み、検索ボタンを押します。

 そうすると、“前世療法”という見慣れないワードが視界に飛び込んで来ました。説明を読むためにリンクをクリックすると、以下のような内容が画面に映し出されます。


――前世療法とは、

《今現実に起こっている問題やしがらみ、抱えているトラウマは前世からの因縁によって引き起こされている》という考えを前提に、催眠を使って前世の出来事を読み解き、そこで起こっている問題の原因を解決することで現状の出来事を改善させるという催眠療法です。――


 つまり、『今現実世界で起きている“絶望的状況”を引き起こす元となった前世へ行き、そこでの問題や心残りを解消させることで今のトラブルが起こらなくていい状況を作る』というようなことらしい……。

 前世というものは“視る”だけだとしか思っていなかった私は、新しい正解を得たような気持ちになったのです。


(ただ前世を教えてもらうだけじゃなくて、自分で前世を見れるし、今悩んでる問題も解決出来るってこと?! 一石二鳥じゃん!)


 懐事情が冷え切っていた私にとっての問題はお値段でしたが……えいやっ! と飛び込むつもりで申し込みボタンを押しました。




 初めての前世療法はそれなりに上手くいったかと思われました。


「ユウコさんは催眠に掛かりづらいかもしれないね……」とカウンセリングの時に先生に言われつつも3、4個ほどの前世を体験して過去世の自分から人生のヒントやエールを貰いました。


 まず、“前世を見る”という体験そのものが楽しくて、終わってからもワクワクした気分がしばらく続いていたような気がします。前世の人物の名前までは判りませんでしたが、なんとなくそれっぽい名前を付けて、その存在を頭の中で思い浮かべては対話をしていました。


 他の方がどうなのか分かりませんが、私の場合は施術から数日経っても前世の人物が意識の中に居座っていて、呼びかけたら答えてくれるような感覚がしばらく残っていました。


 しかし、一週間も経過すると初体験のウキウキした気分も劣化した風船のように徐々に萎んでいきます。確かに楽しかったけれど、現実の問題は何一つ解決していなかったからです。


 雇用期間の期日は変わらずにその日を迎え、私は人生初のニートになりました。



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