雪色少女は暁に

雪村蓮

序章

開幕

 太った月が夜の空に浮かんでいる。

 その下で月を眺めている少女がいた。見目麗しい容姿も相まって儚い。

 卯の花色をした髪の毛を結うことも無くおろしたままの少女、雪花せっかは何も発しない。


「雪花」


 首の動きに合わせ緩やかに髪が揺れる。瑠璃色の瞳が声をかけてきた人物を捉えた。


 雪花と同じ色の髪の毛を持つ美丈夫が襖の奥に立っている。スーツ姿の青年は足音を立てることも無く雪花に近づいていく。



「寝れないのか雪花」

「なんか色々考えてしまって、それにいよいよ明日だと思うと少し緊張しますね」

「大丈夫だ、彼奴が護衛してくれるし動くのは俺だ。それに上手く行けば忙しくなるし今のうちに休んでた方がいい」



 兄の雪崇きよたかは雪花と視線を合わせず、月に顔を向けた。

 雪花が見上げても雪崇は目を合わせようとせず、月に魅入られている。その立ち姿が大切な人を彷彿とさせ雪花は胸が苦しくなった。



「これで、良かったんでしょうか」



 雪崇が何か言いたげに雪花を見下ろす。

 唸り声をあげながら身体を前に倒していたかと思えばぱっと雪花に上半身ごと向けた。


「そういうのはさ終わってからでいいだろ。色々やって、後悔したけど結局今の選択が最善って俺らは思ってるんだしさ」



 グシャグシャに頭を撫でてくる兄に雪花はなすがままの状態で受け入れた。これが不器用にしか愛せない兄らしい愛情表現だと雪花は知っている。正確には教えてもらった。



「終わったら焼肉食いに行くか、俺の知り合いやってるところ。知り合いみんなで貸切して」

「......私お肉好きじゃないですけどいいですよ」

「え、まじ?」


 呆気に取られた兄の表情を見て雪花は吹き出した。そうしてひとしきり笑ったあと、兄に顔を向ける。



「お寿司、お寿司食べましょ。私の周りは寿司の方が好きな人が多いんですよ」

「......俺の周りは肉好きばかりだけどな」



 暫くして時計の針が音を立て、月がすっかり遠くなった頃二人が笑いあっている姿はもうない。






 例えば自分の命に変えても守りたい大切な人を傷つけてしまった時、または第三者に傷つけられた時どのような選択肢を取るのが最良なのだろうか。


 きっと誰も分からない答えだ。他人の感情など理解不能で、自分にとって大切で愛している人間wほど厄介なものはない。

 それだから人は他人を愛すのを怖がる。


 かつての詩人、E・E・カミングスの書いた詩には"You are my sun,my moon,and all my stars(貴方は私の太陽であり、月であり、そして全ての星である)"という文があった。


 人に救われた時、その人はきっと太陽でもあり月でもあり星でもあるのだろう。その人を軸に世界が動き出すその瞬間、それを生きがいと見なしてしまわないようにしなければならない。さもなければその人を失った瞬間に軸がブレて自分の世界が崩壊してしまう。


 だから人は人を愛するのを怖がるのかもしれない。自己を形成する要素が無くなることは恐怖だ。


 かつての雪花がそうであったように。人を愛することは自分の首を絞める行為にもなる。それでも人を愛してしまうのは最早性なのだろう。


 復讐だって見方を変えれば誰かに対する愛に変わる。


 これからの復讐を悲劇と呼ぶか喜劇と呼ぶかは観客次第だ。だから悪役を悪役として置く必要がある。


 喜劇として世に知らしめ錯覚させるために雪花は演じる。生まれながらの運命か、神様の悪戯による偶然かは分からない。

 それでも雪花は演じてみせる。それが例え愛する人を失う結果になったとしても雪花は後悔しないはずだ。

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雪色少女は暁に 雪村蓮 @hasunooto

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