第9話 地獄巡り
私は一人で魔法陣の真ん中に立っている。周りが白んで何も見えなかったけど、空から光の破片が降っているのが少しだけ見えた。雪のように白く綺麗な物がだんだん積み重なる。見下ろすと、破片の山に長閑の遺体があった。
こんな鬱陶しい情景を見ると涙がふと溢れ出した。手で拭おうとしながら周りを見渡すと、結界が消えるにつれて周りがだんだん見えてくる。
「やっぱり長閑を選べばよかったのに。もう一度、私の家に来てほしかった……」と涙を抑えようとしながら言った。
溜息を吐いた。これは終わりなんてない、と自分に言い聞かせたけど、これからどうするのか……。
心の中でまだ長閑を救えると信じていた。しかし、一人では何もできない。ここまで来たのは全部他人のおかげなんだ。自分で筆箱さえも取り戻せなかいほど不器用な私は長閑を回復させることができるわけがない。そもそも長閑を担ぐ力はないから彼女をここに置き去りにするしかなかった。
帰り道を歩き始めた途端、長閑の遺体から悪魔が出てきた。人間の形だけど全体が黒い霧でできていた。目が合うと、私は慌てて逃げ出す。でも、私は遅すぎた。霧が手の形に変わって、私にまとわりついて長閑のもとへ引っ張られる。
学校からこんな遠い場所に誰もいないはずなのに、必死に藻掻きながら悲鳴をあげた。両脚で全力で蹴ろうとしたけど、霧が突然四肢を縛った。
烏三子が天国に帰って長閑が死んだから、独りぼっちで余命を過ごすよりここで死んだほうがマシだと思った。絶望した表情で顔を上げると、悪魔は大きな口を開いて牙をむく。気づいたら周りがほとんど黒い霧に包まれている。
脚が痺れてどこかに堕ちている気がした。頭の酷い痛みに耐えられなくて、私は再び気を失った。
目が覚めると、洞窟のように暗く見知らぬ場所にいることに気づいた。おそらく、ここは地球じゃない。遠くに蛍のようなオレンジ色の薄い明かりが視界に入る。立ち上がると誰かに声をかけられた。
「だ、誰だ?」と私は震えながら言った。
「長閑ですよ、日向」
周りが突然光って長閑の姿が一瞬見えた。なんで彼女は生きているのか!?
「あり得ない! 目の前で死ぬのを見たのに! これは何らかの錯覚のはずだわ」
「錯覚ではありませんよ。ここがどこだかわかりますか?」
「別に……」
「私たちは地獄に堕ちていたんです。日向は堕天使を手伝って、あたしは失敗してしまいましたので、地獄に堕ちることになったんです」
そうなんだ……。私はあの悪魔に殺されたのでしょう。
「あのね長閑、本当にすみません。長閑は敵だと思ってたけど、実は長閑の方が正しかった。ずっと私を守ってくれたんだと、今更わかったんだ」
「あ、ありがとう日向。でも、これからは地獄に閉じ込められるようですね」
「本当に脱出方法はないのか?」
「もうエクソシストではないので魔法が使えません。残念ながら、あたしはこれからあまり役に立てないと思います……」
「んー、確かに大変だね……。でも長閑と一緒だからここから脱出できると思うよ」
「いつも前向きなんですね。じゃ、あたしも手伝ってみます」
離れ離れにならないように手をつないで歩いた。地獄では空気の温度が高いので、長閑の冷たい手が気持ちいい。心の鼓動が高鳴るはずなのに長閑の存在が私を慰めた。
遠くに見えた明かりがだんだん近くなる。向こう側に行くと、洞窟の幅がもっと広くなった。周りを見回すと、さっき見えた明かりは大きな炎であることに気がついた。彷徨っている悪魔たちの唸り声が薄く聞こえてくる。私は怖くなって反射的に長閑の腕を引っ張った。
「大丈夫ですよ。まだ私たちの存在に気づいていないようですから」と長閑は声を潜めて言った。
「そ、そうだよね……。まだ大丈夫だね……」
悪魔たちに背を向けて一歩一歩進んでいく。できるだけ炎に近づかないようにした。危ないし、その明かりが私たちの存在をばらしてしまうし。
長閑の顔をちらっと見ると、恐怖は微塵もない。その相変わらず冷静な表情は名前に余りに相応しい。トンネルに入ると、長閑の顔さえ見えないほど暗くなった。
「長閑、まだいるよね?」と私は小声で言った。
「心配しないで、日向。ここは暗くても、もうちょっと歩けば明るくなりますから」
長閑の言う通り、トンネルの向こう側に着くと周りが明るくなった。地獄らしくなくて意外と綺麗な景色が視界に入った。泉の上に蛍が飛んで泉に蛍火を反射する。水浸しの地面を歩くと靴がびしょ濡れになってしまった。
「意外と綺麗だね」
「そうですね。でも、立ち尽くして眺めるのは時間の無駄ですよ」
「じゃ、移動しようか」
地面が登山道のようにだんだん険しくなってきた。登っている間、私は頂上に着くところの登山者と同じくらい興奮している。
「あのね長閑、地獄は山頂があると思うの?」
「どういうことですか?」
「まあ、今地面がちょっと険しくなったんでどこかの高い場所に登ってるみたい」
「えーと、山頂はないと思いますけど」
「そうか。残念だわ」
思った通り、私たちは高所に着いた。真下の溶岩の光が周りを照らす。私は躓いて溶岩に落ちるかを悩みながら慎重に歩く。長閑はいつも通り冷静なはずだと思ったけど、彼女の脚が少し震えている。
「もしかして高所恐怖症なのか?」
「そ、そんなことないですよ!」
「じゃ、なんで脚が震えてるの?」
「当然でしょう! 地獄に溶岩の上に歩くなんて誰でも怖くなるんではありませんか!?」
こんな長閑は意外と可愛い。くすくすと笑いながら私は前を向いて歩いていた。もう少しでもっと安全な場所に着きそうだ。安堵の溜息を吐いて地面に座った。振り向くと、長閑は徐々に追いかけてくる。
「頑張って、長閑!もう少しで安心できるよ」と励ますように言った。
長閑は落ち着いて私のもとへ歩いてきた。すぐそばに座って地面に横たわった。
「思ったよりきついですね。日向は大丈夫そうですけど」
「しばらくワクワクして恐怖心をすっかり忘れたんだ」
「一体何をワクワクしているんですか!?」
笑顔で長閑を見た。
「地獄巡りって、結構刺激的じゃないか?」
長閑は返事をせずに顔を膝に埋めて溜息を吐いた。
「じゃ、行こうか?」と私は長閑の肩を叩いて言った。
「ちょっと休憩しませんか?」
「ったく、休憩ばっかりしてたらここから脱出できないわよ」
地獄を探検したい衝動に駆られて、私は立ち上がって前に進んだ。
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