第6話 エクソシストを晒す為に
それからの日々はだんだんつまらなくなった。ホームルームで長閑の隣の席に座ったり一緒に昼ご飯を食べたりして、毎日同じことを繰り返す。長閑は最近忙しくなったので私は一人で学校を出ることになった。
しかし、今日の放課後は想像もつかないことが起こった。家に帰ると、烏三子は玄関の脇で待っている。なんで彼女はここにいるのか?それより、住所はどうやってわかるのか!?
「一緒にいないほうがいいって言ったじゃないか?」
今更烏三子がさりげなく会いに来るなんて、腹が立ったけどやっぱり私は嬉しかった。
「長閑はいきなりここに来る可能性がゼロだから大丈夫だろう」
「そうか。まあ、また烏三子に会えてよかったわ。たった一週間なのに何週間も会えなかったみたい。でも、私の住所がどうやってわかったの?」
「学校の図書館に行ってパソコンで調べたんだ。ところで長閑の住所も見つけたよ」
「えぇ?意外とパソコンに詳しいね!ちょっと怖いわ」
烏三子は近寄っていきなり私の手を鷲掴みにした。
「長閑の住所なんだけど、日向に頼みたいことがあるよ」
「え、何?」
「長閑を裏切ってほしい」と目を逸らしながら言った。
その言葉の意味がまったくわからない。
「ど、どうやって裏切るの?」
「吾輩はどこかに悪霊を召喚している間に、日向は長閑の家に入ってエクソシスが使うらしいものを探すんだ」
「そうか。つまり、悪霊を召喚した後に長閑がすぐに家を出たら、エクソシストである証拠なんだね」
「そう。蛾と蛍光灯の関係みたい」
烏三子は驚くほど賢い。友達だから長閑に酷いことをしたくなかったけど、烏三子のためなら私はその提案に従うことにした。そして、長閑の家らしい住所に旅立った。
その住所に着くと、大きな家が見えてきた。長閑はこんな場所に住んでいるのか?私はうらやましくなった。
「じゃ、念のためもう一度計画を説明してあげる。吾輩はこの辺で悪霊を召喚して、長閑が出たら日向はなんとなく家に入るんだ」
「わかった。多分開けっ放しの窓で入れると思う」
私と烏三子はそれぞれの目的地に赴いた。とりあえず、私は壁の脇で待ちながら頻繁に腕時計を見る。諦めようかと思った途端、遠くに紫色の炎が一瞬見えた。また五、六回に紫色の炎が現れた。そして、魔法陣らしいものの真ん中で悪霊のうなり声が聞こえてくる。
本来ならば、私は驚いて身震いをするはずだ。だけど、烏三子の正体を見た日から、どんなに低くても何もかもが可能性があると思ってきた。
上から窓を開ける音がした。そろそろ長閑は家を出るようだ。私は慌てて物陰に身を隠そうとした。
「もしもし、長閑です」
「はい、悪霊のようです。今祓いに行きます。終わったらまた連絡します」
誰かに電話をかけられたようだ。相手の言うことは聞こえなかったけど、長閑の澄んだ声が耳を貫いた。電話を切ってからドアがすぐに開く。長閑は必死にドアを閉めて走り出す。なびくはずの黒髪が適当に羽織ったブレザーに挟まった。
彼女の全力で走っている姿が視界に入ると、私は計画を忘れて呼びかけてしまった。
「行かないでよ、長閑!危ないから私の家にでも来て!」
「日向!? なぜここにいますか?」
「そ、その、不思議な紫色の炎を見かけて見に来たんだ」
「日向も家にいればよかったのに。ごめん、あたしは日向に隠し事をしてしまいました。後はちゃんと説明しますから」
「待って、長閑!」と私は叫んだのに、聞こえなかったように長閑は炎の方へ走り続けていた。
大失敗したと思ったけど、実は甲斐があったかもしれない。なぜなら混乱した状態で長閑は『日向に隠し事をしてしまいました』と言ってしまったんだ。彼女の隠し事はエクソシストであることのはずだ。烏三子が召喚したばかりの悪霊を祓いに行ったんだからね。
上を見上げると、思った通りに窓の一つが開けっ放しだった。私は両手に力を込めて、窓枠を掴んで
室内にたどり着いたらここは長閑の部屋だということに気づいた。私の部屋より二畳ほど広い。しばらくの間、私はくつろいで床で横たわった。少し休憩してから私は立ち上がって部屋を探し始めた。長閑のご両親が突然部屋に入るかが気になったけど、結局私と同じように一人暮らしをしていたらしい。
隅にあった押し入れを開くと、制服と普通の服装しか見えなかった。多分もっと見つかりにくい場所に隠れたのでしょう。
次はタンスをひとつひとつ引き出した。ペンとか財布とかしかなかった。だいたい普通の女子高生の部屋だ。
しかし、もう一度部屋を見回すと、壁の隙間に気がついた。その隙間に指を挿すとバトンのようなものに触った。それを押すと、押し入れが突然回り出す。
本当に複雑そうな機械だ。押し入れの裏側には他校の制服と数冊の本が積み重なった。
私は一番上の本を手に取って読み始めた。『魑魅魍魎の祓い方を30分で分かる』と表紙に大きな文字で書いてある。三十分か……。そんな時間はないから速読にした。
内容はいろんな妖怪の弱点とか、妖怪ではない魔物の見た目とかを詳しく説明する。最後まで読んでから腕時計を見た。幸いなことに、読み始めた時から十分も経っていなかった。多分他の本を読む時間はないけどね。
結局、私は壁の隙間にあったバトンを押すことにした。押し入れは回って元の方向に戻った。
「やっぱり長閑はエクソシストなんだね」とささやいた。
開けっ放しの窓をすり抜けて飛んで、前庭に着地した。周りを見渡すと、あそこの悪霊が消えたことに気づいた。そろそろ長閑は家に帰るでしょう。その前に、私は烏三子のもとへ走り出した。
「吾輩の計画、完璧だったじゃない?」と烏三子はどや顔をしながら言った。
「計画通りだった!とっても賢いわね」
「それじゃ、我が眷属は何かを見つけたの?」
「うん、長閑の押し入れに見知らぬ制服といろんな祓い方を説明する本が積み重なった。確かにエクソシストなんだね」
「制服か……つまり、彼女は吾輩のような人間ではない存在を探すためにいろんな学校に転校してきたかもしれない」
そんなことは考えなかったけど確かに一理ある。
「じゃ、これからはどうするの?」
「残念だけど、まだ学校では一緒にいないほうがいいと思う。吾輩はどうせ天国の結界の壊し方を一人で調べる。そして、数日後にまた日向と会うつもりだ。校庭で待ってるよ」
「そうか……。じゃ、またね。とりあえず私は長閑のそばに居続ける」
いよいよ烏三子に会う約束の日が来た。
長閑と過ごした時間は楽しかったけど、私は烏三子を守れなければいけない。彼女が先に友達になってくれたし。
ようするに、烏三子と長閑を両方守りたいんだけど、実際にできるかどうかさっぱりわからない。
「あの、昨日のことなんですけど……」と長閑は切り出した。
「そうね、何かを隠してると言ったっけ?」
「そうですけど、やはり言えません。言っても信じられないと思いますので」
「学校では言えないなら私の家に来たら?」
「また日向の家に行きたいけど、私事に巻き込まれたくないから言えないほうがいいですよ」
「そうか……」
午後七時に家を出た。こんな遅い時間に通学路を歩くのは初めてだ。独りで寂しく歩きながら夜風で涼む。街灯が道を薄く照らして、ひぐらしの鳴き声が耳に入る。
校門に着いたらどうやって入ればいいかひたすらに考えてから、私はフェンスを上ってみた。全力で体を引き上げてすらすらと向こう側に着地した。
鼓動が高鳴る。普段は違反行動をしないから少し緊張した。しかし、校内を見渡すと誰の気配もなかった。安堵の溜息を吐いた。
覚悟を決めて集合場所に向かった。周りが薄暗くてよく見えない。校庭にたどり着くと、私は真ん中に立ち尽くした。肌寒いせいか、緊張するせいか、体中に急に鳥肌が立った。
身震いをしながら暗い周りを見渡すと、誰かの足音が聞こえてくる。
「烏三子?」
返事はない。私は突然恐怖に襲われた。
「う、烏三子だよね?ここで待ち合わせると約束したんだ。ね、返事して」
振り向くと、私は後ろから何らかの武器で殴られて倒れた。立ち上がろうとすると
その薄暗い校庭の中で、私は気を失ったんだ。
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