第5話 のどか

 通学路を歩きながら、私は心の揺れを抑えようとした。昨日までの長閑と友達になりたいって気持ちは本当だった。しかし、長閑の目的は烏三子を見つけて祓うなら、もう友達になりたくない。今日から、長閑との偽りの友情が始まってしまった。

 ホームルームは長閑の隣の席に座った。彼女のことを嫌いになっても、その美しい姿を見たら私の怒りがすぐに消える。


「おはようございます、日向」


 私は長閑に向かって作り笑いをした。


「おはよう、長閑」


 何を言えばいいか考えながら烏三子の提案を思い出した。


『お互いの家にでも行ったら楽しいだろう』


 やってみようか。長閑を私の家に誘ったら仲良くなるでしょう。


「あのね長閑。放課後は私の家に遊ぼうか?」

「遊ぼうって、何がしたいですか?」

「えーと、ゲーム機やカードゲームがあるよ」

「んー、今夜は暇だと思いますけど」

「あ、興味がないなら行かなくてもいいけどね」

「いや、そんなことではありません。ただ、友達の家に行ったことがないんです」


 私は笑わざるを得なかった。


「そういうことか! じゃ、行きたいなら行こうよ。すごく楽しいと思うね」

「それなら、放課後は校門で待ち合わせましょうか」

「うん! じゃ、学食でまた喋ろうね」




 クランクラン。

 学食で皿の音が大きくなり響く。今度、私たちは学校給食のカレーライスを食べることにした。長閑曰く、今朝は時間がなかったので弁当を用意できなかった。


「美味しいですね」


 長閑はいつも通り優雅に食べた。なぜか私もちょっとだけ美しく食べるようにした。

 

「うん、美味しいわ!」


 学食はだんだん混んでくる。早めに来てよかった。食べ終えてから、長閑が礼を言って立ち去った。私は今夜の予定を立てようとしたけど酷いことしか思いつかない。長閑の髪の毛を引っ張ったり無断で切ったりしたくなった。彼女の美貌への嫉妬と怒りが入り混じって腹が立った。長閑は私に何もしていないのに、こんなにも怒った。

 よく考えたら烏三子の説明だけで長閑のことを嫌いになったんだ。なのに、なんで私はこんなに怒ったのか?烏三子以外、誰も怒る理由がない。おそらく烏三子が長閑に祓われて消えたら、長閑が心の拠り所になってしまう。気を取り直して学食を出た。




 待ち合わせる時が来た。集合場所に着くと長閑が校門の脇で待っている。


「待った?」

「いや、全然ですよ」

「じゃ、行こうか!」


 私は長閑と手をつないで歩いていた。その掌は意外と暖かい。長閑の方を見ると、初めて私に微笑んでくれた。その優しく気持ちのいい笑顔を見つめて心の底から温もりを久しぶりに感じた。

 家に帰ると、長閑は靴を脱いで玄関に置いた。私の部屋は結構狭いので、靴を脱いでから私たちは居間でくつろいだ。初めて見知らぬ家に来たばかりの長閑はきょろきょろと居間を見回している。


「色々な面白いものがありますね。友達の家に行くのはやはり刺激的です。では、何をするつもりですか?」

「学校で考えてみたけど、何をすればいいかさっぱりわからない。えーと、長閑は何がしたいの?」

「あの、部屋を見に行ってもいいですか?」

「いいんだけど狭くて二人が入ったらちょっと動きにくくなるかもしれない」

「居間はこんなに広いのに部屋は狭いんですか……」

「あ、でも見たいならぜひ見てね」

「ありがとうございます!」


 長閑は早足で階段を上った。つまずくかと思ったけど無事に部屋に入ったらしい。長閑の声が聞こえるように私は階段の下に立っている。


「素敵な部屋ですね」

「本当?乱雑な部屋にしか見えないけど」

「それは日向に相応しいと思いますよ」


 褒められるか、からかわれるかわからない。でも、偽りの友情がもう一度本当の友情になった気がする。長閑が私の部屋を出てから私たちは台所に行った。もうすぐ食事の時間だけどまだ何も用意していない。冷蔵庫を開けると、食材は思ったより少ない。


「これじゃ食事にならないよね……ー昨日買っておければよかったなぁ」

「心配しないで。料理をあたしに任せてください」と黒髪を黒いブレザーに挟みながら長閑は言った。

「いやいや、本当にしなくていいんだよ」

「さっきは『長閑は何がしたいの?』と訊きましたよね。料理がしたいんです」

「ならいいけど、ちゃんとエプロンをつけてね」


 緑色のエプロンを長閑に手渡して台所の隅から観察していた。運よく彼女は料理上手なんだ。食材が少なくてもなんとか食事を作れる技があるかのようだ。あっという間に夕飯が出来上がった。長閑は食事を皿に取り分けて配膳した。黒髪をブレザーから引っ張り出してから私たちは食べ始めた。


「いただきます!」と口を揃えて言った。


 卵かけご飯が皿に載っている。おかずは味噌汁。


「これ美味しい!!」と私は大きな声で言った。予想以上に口に合う。

 

 食べ終わると皿を一緒に洗い始めた。


「いかがでしたか?」

「本当に美味しかったよ! 料理上手だね」

「いいえ、まだまだです」


 長閑は皿を洗い終えてから玄関に向けた。


「もう帰るの?」

「本当に楽しかったですけど、あたしはちょっと疲れましたから」

「そう、料理してくれてありがとうね。いつかは長閑の家に行ってもいいかな」

「ごめん、それは無理ですけど」


 そうだよね。烏三子曰く、長閑は高校生兼エクソシストなんだ。多分隠し事がたくさんある。それでも、彼女は優しい人だ。


「また明日、日向」

「またね、長閑!」


 お互いに手を振って私はドアを閉めた。長閑は私と烏三子の敵のはずなのに、ちゃんと友達になった気がする。


「また来てほしいなぁ」と窓辺で長閑の立ち去っていく姿を見ながら呟いた。

 

 でも、私は嬉しかった。なぜか今夜は雨が降らない気がする。

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