第3話 人外魔境の店

 一昨日と比べて昨日はぐっすり寝ていた。今日は学校を出てから烏三子と一緒に町中に行くことになった。烏三子曰く、人外魔境のような秘かな路地に占い師が店を開いたらしい。私は少し不安だったけど、烏三子と一緒なら大丈夫だと自分に言い聞かせた。


「じゃ出発したまえ、我が眷属よ!」

「は、はい!」と私は芝居がかった声で言ってみた。


 今回はバスに乗った。多分歩けないほど遠い場所ではないけど、少し気を抜いたかった。私たちはバスの窓から周りの風景を見つめる。この町に行くのは久しぶりなんだな。


「相変わらずだな、この風景」

「そうなの? 私、ここにあまり来ないから……」

「あ、ここだ!」


 烏三子は降車ボタンを手っ取り早く押した。バスを降りてから烏三子は携帯を出して地図を見る。


「そうか!左に曲がってこの街を歩いて右に曲がって……楽勝だろう!」


 私は烏三子の説明を聞かずにぼーっとしていた。彼女に任せられるといいな。

 地元に近い町なのに見知らぬ風景ばかりだ。この町に詳しそうな烏三子は先に歩いて私を案内してくれた。

 商店街には廃れた店と新店が果てしなく並んでいる。それぞれの店構えが目の前に広がっていた。酷く汚い町なのに空気はすごく綺麗だから、私は歩きながら深呼吸をしてみた。


「意外と涼しいわね」


 烏三子は怪訝そうな顔で私に振り向いた。


「何言ってるの?」

「空気のことなんだ。周りがこんなに汚くても空気は相変わらず綺麗だね」

「ああ、我が眷属は正しいことしか言わないね」


 烏三子も深呼吸をしてみた。


「もうすぐに着くよ」


 私たちは最後の街角に曲がるとどこからか変な匂いがした。視線を落とすと、紫色の霧が出てくることに気づいた。私は驚いて反射的に後ずさる。


「烏三子、見て!」

「何これ……。まあいいか、霧だけだよ。人外魔境という場所に相応しいね~」

「そうなの……」


 私は足を見ながら歩いた。不思議な霧がふくらはぎまでせり上がってきた。たまには足が見えなくなって驚いたこともあった。烏三子が立ち止まってもう一度振り向いた。


「着いたね!」


 廃れた店のような建物の前に立っている。背後にさっき見た霧が大量に出てくる。


「あ、ここは霧の出所のようだね」と烏三子は呑気な声で言った。

「こ、こ、ここは占い師の店なの!?こんな怖い場所に入りたくないわ!」

「大丈夫だってば……。交渉は吾輩に任せてよ」

「交渉? それより、なんでこの場所を知っているんだ?」

「後は全部を説明してあげるから、とりあえず我慢してね」と烏三子は犬に命令するような口調で言った。


 まだ制服を着ているので変な場所に入るのは危ないんじゃないかと思った。ブレザーに校章が付いたので脱いでおけばいいと提案したけど、私は遅すぎた。烏三子はブレザーを着たまま大胆に店に入った。私は慌てて脱ぎ掛けたブレザーを着直した。

 鼓動が高鳴る。後ろ髪がまだブレザーに挟まったことに気がつかずに、私は深呼吸をして店内に入った。

 

「待たせたよ、日向……」

「烏三子、ブレザーを脱いだ方がいいんじゃないか? 校章を見るだけでどの学校に通っているのかバレちゃうよ」

「そうだけど、この占い師が学校どころか、私たちの未来を知ってるよ」

「えぇ!? 本当に未来を知ってるの? 詐欺だけだと思ったのに……」


 目の前にあった黒い幕が開いて老婆が現れた。


「ほう、久しぶりにお客さんが来たか……。普通の女子高生、とーー」


 老婆は烏三子を見て驚いた。


「ほう、あなたは人間じゃないのね。思ったより面白いお客さんですね」

 

 この人は占い師なのかな。彼女の長い白髪が前に垂れていて、赤黒いマントを着ている。影のせいで目は見えなかったけど、口は苦笑いをするようだ。


「さて、始めましょうか」


 私はしぶしぶ先に行った。占い師が私に興味がなかったから水晶玉の前で未来の話を全部でっち上げた。予想通り、他愛もないことばかりだ。私たちに常連客になってほしいようだから、できるだけ褒め言葉を言うようにしている、多分。

 そして、烏三子の番が来た。


「女子高生がどうでもいいが、あなたは本当に興味深いお客さんだね」

「吾輩は頼みたいことあるよ。天国の結界の壊しかたを教えてくれないか」

「なるほど、あなたは堕天使なんだ……。未来を見ると全てが悟るよ」


 私の番に比べて今回は占い師の本気さをよく感じた。幕の向こう側で待ちながら、私は耳をすませるようにした。



 それを聞いていきなり吐き気を感じる。意味不明だけど、天国に帰るために烏三子は私を裏切ると解釈した。口を手で押さえながら店を出た。

 外に出ると吐き気は完全に消えた。路地で立ち尽くして息を吐く。うなだれるとうなじがなぜか痒くなった。うなじを掻いてみると後ろ髪の挟まった状態に気がついた。両手で髪の毛をさりげなくブレザーから引っ張り出して溜息を吐いた。


「どうしようかなぁ、私」


 後ろから店のドアの音がした。烏三子が私を探しに来たんだ。


「なんで何も言わずに出たの?心配してたよ」

「心配をかけてごめんね。占い師の言う事を聞くと酷い吐き気がした。慌てて店を出たんだ」

「そうか。日向は幕の向こう側に盗み聞きをしてたんだね」

「私のでっち上げられた未来に比べたかっただけだ……」

「吾輩はどうしても日向を裏切らないから、安心して。そういえば、占い師のおかげで手がかりが見つけたよ」

「本当? 何か見つけたの?」

「結構遅くなったから明日はちゃんと説明するよ」

「そうか。じゃ、おやすみ」

「おやすみ、日向」


 私たちは手を振って、別々の道を歩いて帰った。

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