第47話

 ◆


『こら、マーガレット!いつまで遊んでるの!』


 マギーの部屋の時計は既に九時を過ぎようとしている。寝かしつけに部屋に入ってきた、お母さんは部屋の散らかりと、今も人形達と楽しく遊ぶマギーを見て、またか……と呆れていた。


『だって、眠くないもーん』

『ネムクナイモーン』

『ネムクナーイ』


 マーガレットの言葉に合わせて、命を得た人形達が踊り出す。


『マギー、アソボウ!』

『マギー!』


 騒ぎ立てる人形達に、マギーは興奮して益々眠りから遠ざかる。

 そんなマギーに対して、お母さんにはとっておきの呪文があった。


『マーガレット、九時になっても眠らない悪い子は、クローゼットのお化けに連れ去られてしまうわよ』


 その瞬間、マギーの肩がびくりと跳ねる。

 夜のクローゼット。その隙間が、マギーは大嫌い。

 あちら側から、何かがじっとこちらを覗いているのだ。


『寝る!もう寝る!!』

『ソウダ!マギー、ネヨウ!!』


 今度は、マギーと一緒に人形達が『コワイヨー』と騒ぎ立てる。

 その様子が可笑しくて、こっそり笑うお母さんを他所に、人形達は慌ててマギーのベッド横にある棚の定位置に自ら戻っていく。

 そして、マギーは、猫の人形を抱えてベッドへ。

 布団からひょっこり顔を出して、お母さんをじっと見る。


『ねえ、お母さん、お話して』


 お母さんが一緒なら、クローゼットのお化けは怖くない。だって、お母さんは強い魔女だもの。


『良いわよ』


 子供部屋のベッドにお母さんが一緒に居る時間は特別だ。いつも一緒だけど、少しだけ特別。

 星の回転灯籠が回り始めると、子供部屋に夜空が浮かぶ。

 その中で、お母さんが語る物語は、怖かったり、悲しかったり、楽しかったりと様々。

 その中でお気に入りは、星屑物語だ。

 その登場人物の名前を、お母さんはマギーとニルに差し替えて話してくれるものだから、マギーは目を輝かせて話に聞き入った。

  

 『――そうして、二人はいつまでも仲良く暮らしたのでした』


 物語が終わると、マギーの瞼が下りてくる。

 うつらうつらとしながらも、お母さんに顔を向けながら話しかけた。


『ねえ、お母さん。夜の国って、どうやったら行けるの?』

『行けるわよ、夢の中ならね』

『どうやるの?』


 お母さんは急に困った顔になった、どうやって説明しよう……と、珍しく口籠もる。


『お母さん、苦手なの』

『じゃあ、私は?』

『マーガレットはもしかしたら、上手にできるかも。お父さんも得意だったから』


 その瞬間、マーガレットの顔が、パッと明るくなった。

 お母さんは、滅多に話してくれないお父さんの事を口にしたのだ。

 どんな人だったの、と聞いたら、ぶっきらぼうで、いつも、つまらなさそうな顔をしてるの、と楽しげに語ってくれた事をマーガレットは忘れてはいない。


『お父さんみたいに、上手に教えてあげられないけど、少しだけ、ね』


 お母さんはマーガレットの手を強く握った。

 目を閉じて、さあ、夢の中に――


 ◆


 ――目が痛い


 マーガレットは、目に刺すような痛みが走った。

 

 ――何だっけ、コレ。

 

 痛みで瞼が開かないが、何かがいつもと違う。起こそうと思った身体も、自分の身体では無いようで、今一ついう事をきかない。

 どうしたものかと困っていると、誰かが啜り泣く声がする。


「……マーガレット」


 弱々しい声が、今度は耳元ではっきりと聞こえた。

 その人だろうか、しっかりと握られた手は温かい。その上、ポツリポツリと溢れる何かで濡れている。

 そこからじんわりと体が暖かくなって、力が入った。

 あれだけ重かった身体が嘘のように、むくりと一気に起き上がり、何事も無かったように目を見開いた。


 見覚えのある自分の部屋、そして、自身の左側。泣きくれる、赤毛の綺麗な女の人がいた。


「……お母さん」


 何で泣いてるの?

 と、浮かんだ言葉が口から出るよりも早く、お母さんに抱きしめられていた。もうそれはそれは、痛いくらいに。


 その温もりが、懐かしくて、掛けがえの無いもので、マーガレットの手に力が入った。


「お母さん……お母さん……」


 ボロボロとこぼれ落ちる涙を止められ無かった。

 子供みたいに泣きじゃくって、何度もお母さんと呼んでいた。

 

 そうやって涙で視界が埋まっている中、マーガレットの視界の端、部屋の入り口に見覚えの無い男の人が立っていた。

 栗色の髪と紺碧の瞳。

 その人は、マーガレットと目が合うと、小さく手を振ってどこかへと行ってしまった。

 ノアに似てる、とも思えたが「アンブローズ、帰るのか」という、ハッシュの声でマーガレットは驚く。


 ノアの事が吹き飛ぶくらいに驚いた。

 ハッシュも此処にいるのだ。

 マーガレットの手から力が抜け、お母さんもハッシュに気付いたようで、マーガレットから離れて涙を拭う。

 ふわりと微笑む顔は、マーガレットが無事で安心した表情もあるのだろうが、もう一つ、ハッシュの事でもあるのかもしれない。


「ハッシュ、マーガレットが目を覚ましたわ」


 お母さんが、廊下に向かって声をかけると、そこから恥ずかしげに一人の男の人が部屋に入ろうか迷っている。

 マーガレットも何だか気恥ずかしくて、お母さんの陰にこっそり隠れたのだった。

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