第39話
――また?
また、やり直して、ニルと暮らすの?
お母さんを忘れて?
マギーは目を見開いた。
目の前の表情の無いのっぺらぼうでニタリと笑う大蜥蜴と目が合うも、マギーはキッと睨んだ。
「近付かないで!」
怖いのが無くなったわけじゃない。唇を震わせて、ザワザワする心を抑え込んで、マギーの精一杯の叫びだった。
すると、今に身触れそうだった大蜥蜴の手が、ぴたりと止まる。
眉が垂れ下がり、物悲しい顔で、後ずさっていた。
『マギー、マギー、行かないで』
大蜥蜴の声を皮切りに、機会混じりの音以外に、次々と声が溢れ始めた。
『寂しい』
『行かないで』
『置いていかないで』
どれもこれも、悲嘆に暮れ、今にも泣き出してしまいそうな声ばかり。
その中で、一際野太く低い声が、か細い声を押し潰して現れた。
『消えたくない』
マギーに拒絶された反動か大蜥蜴から鳴る声が、腹の底から響く。次第に、全ての声が同じになっていく。小さいのも、大きいのも、全部が、『消えたくない』と叫び始めたのだ。
後退りを続けていた大蜥蜴が止まった。かと思えば、その身体が、ボコボコと水疱が至る所に現れ始め、その水疱の分、身体が大きくなってく。
徐々に、大蜥蜴は大きさを増し、
巨大化したそれの顔が再び近づいて、マギーを抱えるハッシュの腕の力こそ力が篭ったが、ハッシュは身動ぎ一つ見せなかった。
『ハッシュ、ハッシュ、お前は邪魔だ』
『マギーを渡せば、スイッチを返してやる。とっとと消えろ』
起伏の無い声。淡々と告げる野太い声に、マギーの顔が強張った。
スイッチが手元に戻れば、ハッシュは目の前から消えてしまう。
ノアの様に。
マギーは、何も言えない。ハッシュは最初から言っていたのだ。此処から出たいのだと。
出たらきっと、帰っては来ない。
そうしたら、本当にやり直すしか無くなる。
何もかも忘れて。
太陽の事。魔女の事。箒星から現れたノアも。ハッシュも。そして、お母さんの事も――
動揺するマギーを他所に、ハッシュは眼前ににじり寄る大蜥蜴を見据えていた。
「そりゃ、あのクソ猫が言ったのか?」
『言った。言った。確かに言った。お前を生かしておいたのは、マギーの為だ。でも、もう必要ない。これが最後だから』
大蜥蜴の言葉にハッシュはマギーを見た。
ハッシュに縋り付き、今にも不安に潰されそうな顔だ。だが、決してハッシュの顔を見ようとはしない。
「安心しろ、置いて行かねえから」
マギーは恐る恐る顔を上げた。まだ、不安は拭えない。
「何の為に此処に来たかを、思い出したからな」
ぶっきらぼうな顔は変わらないが、ハッシュの落ち着いた声が、心無しか優しい。
マギーが、勝手にそう感じただけかもしれないが、それでも、十分だった。
マギーの震えが止まった。その目に、もう恐怖は無い。
「ごめんね、ずっと一緒にはいられない」
大蜥蜴がピクリと反応し、完全に止まってしまった。
呻く様な声も、泣き叫ぶ声も無く、ただ静かにマギーを見る。
「私、ハッシュと一緒に帰りたいの」
マギーの澄んだ声は、大蜥蜴にも、外で壁を叩き続けていた
壁を叩いていた音が無くなり、風も止んだ。
無音になったそこで、それまでそこら中を這っていた手は、ダラリと力なく落ちた。身体は地面へと伏せ、終いには黒い身体がドロドロと溶けていく。
ゆっくりと小さくなるそれは、大蜥蜴では無くなっていた。
彼方此方にマギーの掌よりも小さい人形が散らかり、力無く横たえる。
汽車と車掌。動物を模した小さな人形達。
どれもこれも見覚えがある。
そうだ、これで街を作って遊んでいたのだ。
マギーの脳裏に、その人形達を手に遊ぶ記憶が蘇る中、小さな玩具達は最後の力を込めて、ぎこちなく動き始めた。
『……マ……ギー』
精一杯の力で、おもちゃ達は頭を動かして、マギーに目を向ける。
『……悪い魔女が……ココ……に、くる……よ』
「え?」
『アルチアが……目を覚ましたよ』
誰?マギーに『アルチア』という人物に心当たりは無かったが、代わりにハッシュが慌てていた。
「死んでなかったのか!?」
ハッシュが驚く声と共に、人形達の口が一斉に、そして滑らかに歌い始めた。
『アルチアは、怖い魔女。
アルチアは、強い魔女。
アルチアは、強欲な魔女。
欲しくなったら、止まらない。
最初はモルガナの力を欲しがった。
でも、一度たりとも成功しなかった。
それでも、アルチアの欲望は止まらない。
今度は、マギーの力を欲しがった。
モルガナの目を盗んで、マギーを何処かへ連れ去った。
魔女の力を手に入れるには、生きた心臓が必要だ。
でも、アルチアはマギーの心臓を食べられなかった。
強欲の魔女アルチアは、クローゼットのお化けに食べられてしまったのだ。
そうして、強欲な魔女は夜の国の古城で深い深い眠りに着いた』
歌は止まった。
人形達の力が抜け、パタリと床に転がる人形に戻っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます