第35話

 ◆


 〜♪


『夜空がキラキラと輝く夜の国……』


 また、あの声だ。

 声の後ろで、知らない音楽が掛かってる。でも、嫌いじゃないよ。


『決して太陽は登らないけれど、月と星の光が国を照らしてる。

 小さなマギーは、黒猫のニルと一緒に夜空を見上げた。

 二人は旅の途中。

 さて今度は何処に行こう。

 フラムに星を拾いに行く?

 それとも、魔女の古城に行ってみる?

 それとも、輝く街ドゥインはどう?

 二人は手を取り合って、星灯のランタンで道を照らしながら、何処へ行くとも迷いながら歩き始めた……』


 あれ?止まっちゃった。

 続きも聴きたいな。

 ねえ、お母さん。


『モルガナ、様子は?』


 今度は、男の人の声……あれ?

 これって――


 ノア?


 ◆


 暖かい感覚が、マギーに朝をもたらした。

 特に背中、前は毛布を纏っているから十分に暖かかったが、背中の体温がぬくぬくとマギーを毛布の中に留まらせた。

 何処ともしれない小さな火鉢に火が焚かれているだけの何も無い小屋。真四角で、他に部屋も無いのか、入口は窓の側に一つだけ。その小屋の中、ハッシュはマギーを抱き抱える形で、壁にもたれて眠っていた。


 ――此処、何処だろう?


 マギーは、ハッシュを起こさない様に身を捩り、唯一の窓に目を向けた。

 ヒビが入って、今にも窓は粉々に砕け散りそうで、何も見えやしない。


 マギーはもう一度、同じ場所に収まると、昨日の出来事を思い出した。

 夢だったのだろうか、と一瞬考えるも、ハッシュと今二人でいる事が幻でなかったのだと実感させる。

 マギーは確かに九時の闇を取り込んだのだ。

 そっと、自分の胸に触れ、其処に何かがいるのだと。


 そして、ハッシュの力で此処まで移動してきたのだろう。真っ暗闇に取り込まれて、その後の記憶は無い。


「影を移動してきたのかな?」

「あぁ、そうだ」


 マギーの肩がびくりと跳ねた。

 うっかりと口から声が漏れていた事もだが、てっきりまだ眠っていると思っていたものだから、心臓が飛び跳ねそうな程だった。

 マギーは振り返り上を見上げた。

 まだ眠気の中にいるのか、とろんとした目の猛獣の首が、ゆらゆら揺れている上に、大欠伸をかいている。


「ハッシュ、眠いの?」

「あぁ、肉体の方が限界らしい。もう少し寝る。大人しくしてろよ……」


 そう言って、ハッシュはもう一眠りと目を瞑った。もう最後は、ふにゃふにゃとした口調で、呂律も回っていない。どうにも相当に眠い様だ。

 ハッシュの様子からも、一応安全な所にいるのだろう。暫く眠っているのであればと、マギーは、ハッシュの腕の中から抜け出すと、唯一の扉へと向かった。


 ドアノブに手を掛ける前に、マギーは念の為時計を見る。

 針は七時を指して朝なのか、それとも夜に入ろうとしているのかどちらかよく分からない。

 あの九時の暗闇は、マギーの中にいる。何時だろうと、外に出ても問題はないのに、マギーは少しばかり怖気付いていた。


 変わらない世界がそこにある筈なのに、未知の世界の様で。


 ――マギー、ここは夢だよ


 ふと蘇るお守りの言葉。そう最初に言った、ノアの言葉がマギーの背を押した。もしかしたら、ハッシュも同じ事を言っていたかもしれない、なんて考えながらマギーはドアを開く。

 ぎぎ、と重たい扉が鈍い音を立てる。錆びついた蝶番が、扉を重たくしていた。マギーは身体をドアにくっつけてめいいっぱいの体重を乗せて扉を押す。

 ぎぎ……ぎぎ……と煩く叫ぶ扉を無理やり押すと、やっとマギーが通れるだけの隙間が開いた。


 扉の向こうは、森か、雑木林か、鬱蒼とした木々が続いて、奥底は真っ暗だ。 

 マギーは、ふうと大きく息を吐いて空を仰ぐと、キラキラと輝く星屑が、その瞳に映る。

 平穏だった日々と、何も変わらない景色は、今も尚続いている証拠だ。 


「(ニルと過ごしたのが、ずっと昔だった気がする)」


 夢と現実が入り混じり、幻ばかりが過ぎ去りつつある。

 ニルと別れて、何日がたっだだろう。たった数日の日々が、目まぐるしく過ぎ去った。


 ふと、頭にニルの姿が浮かぶ。

 マギーの手が、自然と懐中時計を握っていた。


 ――なんで、ニルは懐中時計を渡してくれたんだろう


 何の飾り気もない、銀色の時計は今はずしりと重たい。

 帰って来ないと思ったから?

 それとも――


 マギーの記憶の中で、ただの猫の人形が身動ぎ一つせずに、マギーの名前を呼んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る