第32話

 メレディスが怖い。

 押し迫る憎しみよりも、恨みよりも、何を考えているとも判らない、メレディスの愉しそうな表情が、何よりも怖かった。

 口の端が吊り上がるたびに、オオカミ特有の牙がギラつく。

 メレディスの腕の中で、マギーの恐怖が高まっていた。


 ――ゴーン


 虚をついた音が広場に響き渡った。それも徐々に、徐々に速くなり、幾重にも音が重なる。上記を逸脱した鐘の鳴り方に、誰しもが恐怖した事だろう。

 先程聞いたばかりの鐘の音に、時計に視線が集まる。

 時計の分針がグルグルと秒針の如く動いて駆け巡る。

 そして、それは九時を指すと、ピタリと止まった。すると、鐘の音も同時に終わる。


「……夜が来る」


 誰かが呟いたと同時だろうか、それ迄憎しみに囚われていた者達の目が、恐怖一色で染まった。

 燦然と輝いていた、時計の光も段々と闇に飲まれるが如く消えていく。

 深い夜が始まる。


「うわあぁぁ!!」


 恐怖は感染する。誰か一人が耐えられなくなり叫び声を上げた瞬間、誰も彼もが建物目指して走り出した。

 我先にと前に行こうとするも、弱い者は押しのけられ押し潰され、混乱で阿鼻叫喚とした広場。


 そして、時は来た。


 黒い闇が、大津波の勢いで街にやってきたのだ。どれだけ明るい街だろうと、飲み込まれる。街を覆った暗闇が、逃げ惑う人々をあっという間に、貪っていく。


 街の中心である時計広場で、メレディスだけは落ち着いていた。もうそこまで、暗闇が迫っているというのに、怯える様子もない。

 

「メレディス!もう間に合わなくなるぞ!」


 ハッシュを抑えていたカートが叫ぶ。

 その声で、それ迄ハッシュを抑えていた者達の中の何人かが、「ひっ」と小さく呻きながら手を離し逃げていった。

 ハッシュは、それ迄抑えていた人数が減ると、力尽くで振り解き、残っていたメレディスの仲間を吹き飛ばす。直様メレディスに駆け寄るも、邪魔をするなと、ハッシュに何も無い右手の掌を向けた。


「メレディス!」


 ハッシュの声で、メレディスの意識が僅かにマギーからそれた。その僅かな隙、確かに子供一人の重みがあったはずの左腕が、ふっと軽くなる。

 とん、と軽く胸を押しのけられ、メレディスから離れたマギーの目には何も映っていなかった。

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