第30話

 ◆


 鴉で一面が黒く染まった時計広場。マギーは思い出した記憶に言葉を失った。


 はっきりとした、思い出にも近い記憶の中で、親身な存在だったニル。

 ただ、本物の人形だったのだ。

 ちょこんと座ったまま、身動ぎの一つもしないが、人形の声は確かに聴こたのだ。それも、と同じ声、同じ話口調、更には同じ姿でだ。

 眩しすぎる程の太陽の記憶は、マギーが予想だにしない程に非現実的で、今までが夢見心地に思える程の衝撃が脳天に直撃して、瞬きすら忘れていた。


 光を見つめたまま動かないマギーに、腕に抱き上げたままだったハッシュが、顔を覗き込む。それでも、マギーが眉一つ動かないものだから、流石に心配になるというものだろう。


「おい」


 と一言声をかけると、流石に瞼がぴくりと動いた。

 目をパチクリとさせてから、ゆっくりと覗き込むハッシュと目線を合わせてはいたが、その顔は惚けたままだ。


「ねえ、魔女って人形とお喋りできるの?」


 呆然とした顔で、惚けた言葉。ハッシュは、夢見心地のまま出た言葉でも真剣に返していた。


「そう言う事が出来る奴もいるな。大抵、人形に命を吹き込むんだが」


 俺は出来ねぇ、と荒っぽく返す。マギーの記憶の中にあった、絵本の魔女には当て嵌まらない姿。


「お前が、そういった事が出来たってのは、聞いてる」

「お母さんから?」


 お母さん、という言葉に違和感を覚えながらも、マギーはその言葉を吐露する事に迷いは無かった。


「そうだ。俺と、モルガナは、……古い友人だ」


 モルガナ、という記憶で見たままの名前が、さも当たり前に登場する。親しげで、何度も呼んだ事がある、慣れた口調。

 記憶の中で、お母さんの友達なるものに良い印象は無かったものの、ハッシュが目を逸らして遠くを寂しそうに見つめる姿に、マギーは、何となくではあったが嘘ではないと感じた。

  

「メレディスも?」

「知らねえな、あいつは俺より前から此処にいるが……此処らにいる奴らは、ほとんど同時期に此処に来たらしい」

「皆んな、箒星に乗ってきたの?」

「なあ、その箒星に乗ったって何なんだ?何かの比喩か?」


 マギーは言葉のままを伝えているつもりだったのだが、ハッシュは首を傾げるばかりだった。


「ノアは、箒星に乗ってきたよ?」

「俺は、あの家で目が覚めただけだ」


 この姿でな、と鼻を鳴らしながら言う。

 どうにも、ライオンの姿は気に入ってはいないらしい。

 ただ、どうにも噛み合わない事だけが、疑問を生んでいた。

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