第29話

 ◆


 照りつける日差しを、マギーは掌で太陽の光を遮った。

 暑い、干からびそう。

 昨日、カラカラに干からびたトカゲを見たからか、もしかしたら自分もそうなるのではと、萎んだ姿の自分を想像しながら、マギーは家の外に居た。

 汗を拭って、氷を一杯入れたオレンジジュースを口に含む。まだ大して時間は経っていないのに、ちょっと水っぽい。それでも、喉が水分を欲しがって、カラカラと音を立てるグラスを一気に傾けた。


 家の外と言っても、目の前は凸凹でまともに舗装もされていない茶色い田舎道で、その向こうも草原が広がっているだけだ。家の背後も雑木林が続いている。

 下手をしたら、凸凹な道に一台も車が通らない日すらある長閑で小さな村の端っこにマギーの家はある。

 以前、近所……と言っても二キロ程、凸凹道の先にある家の男の子に電気は通ってるのか、と揶揄われた事もあるぐらいだ。

 勿論ある。

 古ぼけた自家発電機が、毎日轟々と唸って頑張っているのをマギーは知っている。時々、力尽きて停電も起こるのだけど、と付け足さねばならないが。

 

 その何も無い草原で、マギーは時間を潰すしか無かった。

 家の中には客人が居る。

 黒く真っ直ぐに伸びた長い髪の女の人。彼女は青い瞳が細まって、にっこりと微笑みながら、「私はモルガナの友達なの」と言った。親しげに母の名前を呼ぶ姿は、馴れ馴れしいとも人懐こいとも言える。

 ただ、名前を呼ばれた当人は眉毛を歪ませ、マギーを叱りつける時よりも怖い表情をして、友達とやらを睨んでいた。


 

 マギーは不安だった。

 流石に友達というのが方便である事は理解できる。だから、マギーを外に出てる様に言い付けたのだ。

 そう大して大きくもない家だけれど、二人の声など外に漏れもせず、家は無人かと思う程に静まり返っている。  

 マギーは、いつものスケッチブックと色鉛筆、そして一等大事にしている人形、猫のニルを連れて草原に寝そべりながらも、何度も家を横目に見た。


 今の所、誰も出てくる気配もない。 


「ねえ、あの人は何の話で来たのかな?」


 マギーは、スケッチブックに適当な線をぐるぐると意味も無く描きながら、直ぐ横に置いていたニルに話し掛けた。

 ツギハギだらけの人形は座りだけはしっかりしていて、草原の上で尻尾でバランスを取りながら、ちょこんと座っている。

 マギーが話し掛けた所で、ボタンの目は動かない。勿論、口もだ。  


 だが、マギーの声に、それは答えた。

  

『あれは友達じゃないよ』


 ニルから聞こえた少年の声に、マギーは平然と返す。

  

「知ってるよ」


 マギーは寝そべり脚をゆらゆら動かしながら、もう一度家を見た。


『マギー、あいつは魔女だよ。気をつけないと』

「お母さんも、私も、魔女だよ」

『そうじゃない、あれは、悪い魔女だ』


 悪い魔女。マギーにとって、それこそ絵本の中の存在だった。

 子供を食べる魔女、人を呪う魔女、それから――

 マギーは、思いつく限りの悪い魔女らしき存在を思い浮かべるも、レパートリーは少ない。


「でも、どうして悪い魔女って分かるの?」

『勘だよ。それに、お母さんも良い顔してなかっただろ?』


 それには、マギーも力無く、うんと頷いた。あんなに怖い顔したお母さんを見るのも、初めてだった。

 マギーは握っていた黒い色鉛筆に力を込めると、ぐるぐると無意味に描いていた線を更に何重にも重ねていく。次第に、線は黒く染まる。


『何を描いているんだい?』


 ニルは、無表情のまま問いかける。その様子は、白々しくも見えた。

 全部、知ってるくせに。マギーはそう思いながらも、言葉を返した。  

  

「悪い魔女なら、やっつけないと」


 ぐるぐる、ぐるぐる。

 水溜まりみたいに、黒い渦は広がっていく。


「クローゼットのお化けが、全部飲み込んじゃうんだから」


 無邪気に言葉を吐きながら、マギーは照りつける暑さも忘れて、スケッチブックを黒く染めていった。

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