第23話
メレディスは、客人の為だからとコーヒーを用意すると言って寝室から抜け出した。
この家のキッチンは、マギーの家とは違って暖炉はない。
どうやって火を熾すのだろうか。ハッシュが無遠慮に、散らかった部屋の中に埋まっているソファーに腰掛ける中、マギーはテーブル越しにひょっこりと顔を出しながら、家の中でも真っ当に片付いているキッチンを覗いた。
小さな鉄瓶とも鍋とも言えるゴツゴツとした鉄壺の蓋を開けると、ジュワッと音が鳴る。火箸でその中の一つを取り出すと、カンカンに赤く染まった石が出てきた。それを、キッチンのコンロの中に一つ落とす。コンロの上にケトルを置くと、暫くしたらコポコポと音を立て始めたのだ。
「この世界ってさ、不思議だけど便利だよね」
「え?」
マギーは、コンロに気取られすぎて、メレディスの言葉を聞き流していた。その事に気づいていないのか、メレディスはそのまま続けた。
「キッチンは、現代よりもずっと古い。でも、永遠に火は消えない。まるで童話なんだけど……でも、電気もあるんだ」
「電気って?」
「人工灯の事。あれは、星の灯も使ってるけど、それを強く光らせるのには電気を使ってるんだ」
この国のどこよりも、明るい、明るい街、ドゥイン。だけど、その技術はドゥインだけのものだ。
「この技術はね、この世界のものじゃない。君が想像した世界に、電気は存在しなかったんだろうね」
あっという間に沸騰したケトルを傾けて、用意しておいた三つのマグカップに湯を注ぐ。
「だけどね、この街にだけは存在するんだ」
湯気と共に、コーヒーの香りが運ばれる。
良い香り。だけど、苦いのは嫌い。
コーヒーが出来たなら、テーブルが必要だ。と言っても、四人がけのテーブルの上も紙で埋もれている。
テーブルの上に置かれているのだから、重要な書類なのだろうと、マギーはそれを適当に束ねて山積みにしていこうとしたが、メレディスはそれを右腕で全て払い除けた。
あまりにも勢いがあったからか、ひらり、ひらりと見事に紙が宙を舞う。
「気にしなくて良いよ、もうすぐ此処ともおさらばだ」
宙を舞った紙は、ゆっくりと床に散らかった。部屋に愛着がないのだとオオカミは口の端を釣り上げて笑う。
ああ、楽しみだ、と上機嫌にコーヒーをテーブルに並べた。
雑多に紙が散らかったままのリビングで、湯気の立つそれが出されるも、マギーは口を付けない。
じっと湯気越しにメレディスを眺めていた。
「それで、いつ決行する?」
ソファーで座ったままのハッシュに、メレディスは話し掛ける。
「次に鴉が来た時だ。奴ら、どうせ監視しているだろうからな」
マギーは二人の会話を聞きながら、懐中時計を弄る。これと言って特徴の無いそれは、天頂部を押すとパカリと音を立てて開く。
手持ち無沙汰から、足を揺らしながら懐中時計を何度も開いて閉じてを繰り返していると、向かいに座ったメレディスの瞳がじっとマギーを見つめていた。
「マギー、これからなんだけどね」
肘を突き、頬を斜めにマギーを伺う姿は、オオカミと言えど女性的だ。そう思った瞬間に、マギーは揺らしていた足を止めた。
「さっき言った事」
「電気の話?」
「そう、どうして電気が存在するのかって話」
メレディスは、静かにコーヒーを啜る。
「此処が夢だから?」
「違うよ、君が知っていたからさ」
ここは、夢の世界。
記憶が反映される。知識も又、記憶なり。
絵本の世界、現実の知識、マギーの心が思い描いたもの。それが、夢の世界だ。
メレディスは、そう言って欲望にも似た瞳をマギーに向けた。
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