第22話

 カン、カン、カン、とハッシュのブーツが一定のリズムを鳴らして階段を登る。

 それの数を数え様ものなら、マギーは忽ち震え上がって再び浮遊感に襲われた事だろう。だから、出来る限りハッシュの大きなブーツが奏でる金属音を楽しむしかなかった。


 

 そうしていると、音が止まった。

 目的の五階に辿り着いたのか、ガチャリとドアノブを回す音がマギーにもはっきりと届いた。

 だが、そこはハッシュの家では無いはずだ。ノックも、声をかける様子も無く、ドアを開けた様子にマギーは思わず目を見開いてハッシュの顔を覗き込んだ。


「ハッシュ、勝手に開けて良いの?」

「構う事はねえ、鍵も掛けねえズボラな女だ」


 そう言って、部屋の主人の承諾も無しに、ハッシュはズカズカと部屋へと踏み込んだ。

 中は、薄暗くランタンの灯を照らして漸く視界が開けるといった具合だ。


 ハッシュはゆっくりとマギーを下すと、マギーは降りた足の感触に違和感を感じた。

 カサカサと、平でない床の感覚。マギーはランタンを床へと近づけた。すると、床が幾重もの紙で埋まって、足の踏み場も無い状態だったのだ。中には丸まったものがあるが、大抵が何かしら文字や絵が書かれて捨て置かれている。

 大事なものでは無いのだろうが、此処は他人の家。


「踏んじゃったよ?」

「気にすんな、どうせゴミだ」


 その紙を踏みつけて、ハッシュは中へと勝手に進んでいく。マギーも、遠慮がちではあったが、ハッシュと離れるのが不安で「ごめんなさい」と、小さく漏らし、くっきりと紙の上に浮かんだハッシュのブーツの跡を飛び石の要領で奥へと進んだ。


 よく見れば、部屋の中は机や書棚と一応リビングらしき様子だ。そこを通り過ぎ、ハッシュが二手に分かれた扉の内の一つを開ける。すると……


「メレディス!」

 

 いつまで経っても姿を見せない家主に対して大きな声をあげて名前を呼んでいた。


 どうやらそこは寝室だったようで、ぼんやりとした星の灯りに照らされたベッドがモゾモゾと動く。「うーん」とトーンの高い声を上げて、欠伸をかきながら、何かが這い出てきていた。


 灰色の毛並み、フサフサの尻尾。犬にも似た姿の狼が立ち上がると、再び欠伸と共に、思い切り伸びをする。相変わらず煩いわねぇ、なんてハッシュへ嫌味を向けながら。


「鴉の対処は準備してるんだろうな」

「したわよ、したから一回寝たの」


 大きな口が開くたびに、白い牙が覗く。立ち並ぶ姿はハッシュと大差ないものだから、マギーは上を見上げてばかりになる。

 ハッシュの背後で、狼の様子を伺っていたのだが、メレディスと呼ばれた狼は、鼻をヒクヒクと動かすと、その首がぐるんとマギーに向く。同時にその瞳には、しっかりと赤毛の少女が映っていた。


「やあ、マギー。初めまして」


 その狼からは、女性の声が発せられている。体付きは服を着込んでいてよく分からないが、そのトーンの高い声とメレディスという名前だけが、狼は女の人なのだろうと、マギーに思わせた。

 そのメレディスが、初めまして、と言うと同時に差し出された右手に、マギーも右手を返して合わせた。

  

「……初めまして、メレディス」


 硬い表情のハッシュとは違って、鋭い獣の姿をしたメレディス。オドオドと半身をハッシュに隠したまま、ぎこちなく挨拶するマギーを見て、ただ目を細めてにっこりと笑って見せた。

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