第21話

 二人はそれぞれランタンを手に、外に出た。

 時刻は、昼の三時。

 

 一歩、外に出ると、マギーは鉛色の世界に紛れ込んだ気分になった。

 

 カタカタと回る歯車と、パイプが張り巡らされたそこは、上を見上げれば蒸気で空が覆われている。月光が街の明るさに消え去って、少しばかり寂しい。汽車の終点の二つ前に位置するそこは、あぶれた者達が辿り着く、仄暗い街。だが、夜の国の中で一等眩しい街でもある。

 雑多で鉄に覆われた街、ドゥイン。

 擬似的な人工灯で包まれ、別名、鉄の街と呼ばれている。

 

 

 荒っぽく、ずんずんと歩くハッシュは、横で立ち並ぶとまあまあ大きい。マギーが小ぢんまりして見える程だ。

 マギーはフードを深く被り、ハッシュの影に隠れる様に歩く。赤毛が隠れ、マギーを知っている者でも、きっと気づかないだろう。


 

「ねえ、ハッシュ。今から外に出るのは危険じゃないの?」

「問題ねえ、協力者がいるから、そいつに会いにいくだけだ」

 


 ハッシュは、自身が通れるギリギリの細い路地を選んでは、どんどんと街の中央奥深くへと進んでいた。

 賑やかしい街から一転して、侘しく、人工灯の数も減っていく。

 薄暗いと感じる程になった頃、それに合わせて、マギー見られている気がしてならなかった。

 ねっとりとした嫌な視線が集まって、マギーは背筋に冷たいものが流れハッシュの腕の袖口をギュッと握っていた。


「大丈夫だ。が表に出てくる事は無い」


 そう言ったハッシュは、それらしい視線がある方へと睨みを効かせる。すると、途端にマギーに纏わりついていた視線が無くなった。

 みんな、ハッシュが怖いの?何て問い掛けると、ハッシュは、「あいつらは見られたくないんだ」と、淡々と答えていた。


「……ハッシュは慣れてるのね」

「もう、此処に来て一年ってとこだ。嫌でも慣れるさ」


 ハッシュが再び嫌そうな顔をした。ニルを思い出している時と同じ、憎たらしいものを考えている時の表情。ハッシュの顔が歪むと、マギーは悪い事をしているのが自分な気がして、地面に目を向けていた。

 


 そうやって歩いていると、黒い鉄だらけの街の中から、茶色の錆だらけの場所に辿り着いた。

 行き止まりにも見えたが、上に登る階段が一つだけある。

 錆だらけで、今にも崩れ落ちるのではないか。壁に張り付いただけの簡易的な階段は、手摺りはあるが何とも風通しが良い様で、所々に穴が空いている。しかも、その高さといったら建物の五階に達していた。

 マギーは顔を青くしながら、ハッシュの袖を引っ張ると、無言で階段を指差した。


 ――あれに登るの?


 声に出ずとも、ハッシュも察したらしく。軽く、「ああ、五階までな」と返事する。

 更には「あんまり落ちる事ばかり考えてると、落っこちるかもな」、と笑って階段を登り始めた。

 ハッシュの袖を掴んだままだから、自然とマギーも階段を登るのだが、鉄でできた階段は、段差と段差の間に隙間がある。

 最初こそ何も問題無く登れていたのだが、それが十段程登った頃、その隙間から下が見えるものだから、うっかりと想像してしまった。


 そうなると、身体とは言う事を訊かなくなるもので、手摺に捕まっていても足が思う様に動いてくれない。それどころか、手すりに捕まっていないと立てない程に足が震え始めたのだ。

 

「ハッシュ……」


 名前を呼ばれると共に、掴まれた袖がピンと張るものだから、ハッシュは何気無く振り返る。

 左手は手摺に、右手はハッシュの袖口を掴んだ状態でガタガタと震える姿に、ハッシュは呆れた目を向けた。

 

「何だよ、高所恐怖症かよ」

「だって、高い所なんて行かないもの」


 今にも泣きそうな表情と震える声に、ハッシュは、それはもう盛大にため息を吐くと、マギーが足止めを食らっている場所まで戻ると、ヒョイっと軽々しく右腕に持ち上げていた。


「暴れるなよ、本当に落っこちるぞ」


 マギーは、ハッシュ言う通り大人しくの右腕と右肩にがっしりと捕まると、浮遊感から逃れる為に目を瞑った。

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