第20話
夜の国が、鴉達の声に合わせて騒ぎ始めた。この国の、様々な命の形が蠢き出す。
「さて、猫どもが動き出す前に、移動しねえとな」
マギーの顔色が良くなって、ハッシュが用意した食事も食べ終えた矢先だった。
ハッシュはバスケットの中の小さな服を、マギーに向かって放り投げた。
大きなフードのついたパーカーに、ジーンズのズボン。どれもこれも、地味な色で、マギーが好む物とは真逆だ。
用意周到とも言えるが、ハッシュはマギーを見つけた時から、マギーを外に出す事を考えていたのだろう。
「どうする、猫にもう一度逆らってみるか?それとも大人しく家に帰って、猫に従順なふりを続けるか?」
最後の選択を迫るハッシュの眼差しは、重くマギーにのしかかった。
マギーにとっては、ノアもハッシュもニルでさえも記憶の辿れない者達ばかり。
家に帰れば、ニルは何事も無く迎えてくれるかもしれない。
きっと、御伽話の続きを辿るだけ。
――マギー、これは夢だ
マギーの意識の中に、ノアの声が響いた。
何を信じるかを決めなければ、何が真実かを見極めなければ。
マギーは、胸にぶら下がっていた懐中時計をギュッと握ると、ハッシュを見た。
「ハッシュ、私……知りたいわ」
決意を固めたマギーの目に迷いは無い。
ハッシュは、決意を固めたマギーを前に詰め寄った。
「いいか、後戻りはできねえ。もしもの時は俺は消される」
脅しだ。きっと、マギーが揺らがないかを確認しているのだ。
ハッシュは後ろを向いているから着替えろ、とマギーに背を向ける形でどっしりと椅子に座った。
マギーがゴソゴソと、ハッシュが用意した服に袖を通す間も、ハッシュは喋り続けた。
「やらなきゃならねぇ事が幾つかある」
「うん」
「一つ目は、鴉共の監視の目から逃げ出す事。二つ目、お前さんがこの世界の主導権を取り戻す事」
「待って、主導権って?」
「九時の闇だ。あれを止めねえと、俺は喰われちまう」
マギーは首を傾げた。そもそもの主導権の意味がわかっていないのだ。後ろを向いているせいか、それとも説明が面倒なのか、ハッシュの口は止まってはくれなかった。
「普通はな、夢の主が考えた事ってのは夢に反映されるんだ」
「例えば?」
「お前ぐらいの歳の頃だと……空を飛びたいとかな」
丁度着替えが終わったマギーは、ハッシュの背後に立って準備ができたと大きな背中を指で突いた。その回答に憎たらしい顔で返して。
「出来るわけないじゃない、鳥でもないのに」
その憎たらしい顔に、ハッシュは鼻で笑う。
「馬鹿言え、夢に物理の法則なんて当てはめるなよ。お前が、その条件さえ解除してくれたら俺も出来る事があるんだ」
「何?」
「ガキの言葉で言えば、魔法さ。この世界には無い物として認識されてる」
「それって」
「お前がこの世界をはっきりと夢だと信じ込まねえといけねえ。何でも出来る、それが必要だ」
何とも、獰猛なライオンが不可思議な事を言うものだから、マギーは吹き出して笑い出してしまった。
「魔法って、何だか御伽話みたいね」
御伽話。今まさに、自分達が立っているこの世界こそが御伽話なのだ。
ハッシュは呆れと共に出るため息が鼻から抜けると、ゆっくりと立ち上がった。
「前も、同じ事言ってたな」
その言葉に、マギーは頭を傾げる事しかできなかった。
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