第19話
ハッシュは獰猛な獣さながらに、その目がギロリとマギーを捉えた。
ベッドでビクビクと脅える小鼠同然に、布団で身を隠しながらも、その目から逃げられない。
ハッシュの怒りは、ニルだけに向けられたものじゃない。マギーの事も少なからず恨んでいた。そんなハッシュがマギーを助けたのは、気まぐれか、裏があるのか。
今、自分が何処にいるのかもわからない状態では、マギーが頼れるには、ハッシュ一人しか居ないのも大きかった。
何より、ハッシュの言葉が、マギーをより揺らがせていた。
「ハッシュは、どうして私を助けたの?」
「俺も此処から出たいのさ。その為には、お前の力が必要だ」
「私の……?」
良い拾い物だった、とハッシュはくつくつと笑う。
後は、あの猫をどうやって出し抜くか。ハッシュが不穏な言葉ばかりを繰り返すものだから、マギーは不安が押し寄せて、布団をぎゅっと握っていた。
「私……その」
何も覚えてない。ハッシュが何をしようとしているのか、ニルが何を考えているのか、何も分からず、込み上げる不安に誰も信じてはならないのでは無いのかとすら思えせた。
「あんたは何か思い出そうとはしてるな。今は、それで十分だ。現に、あの猫に助けを求めようともしてねえ」
「あ……」
マギーは、何となしに自分の胸元に手をやった。そこには、懐中時計が一つ。蓋を開けると、今も、チクタクと時計の針が時を刻んでいる。
「そりゃ、あの猫の時計だな」
「そうだけど……」
マギーは、ハッシュの視線に気づくと、懐中時計の蓋を閉じて、両手で包み隠した。
盗りゃしねえよ。そう、ハッシュがぼやくも、マギーの手は強く時計を握りしめて離さなかった。
◆
カラスの群れが、マギーの家の扉を嘴でコンコン、と突く。家の主に知らせる為に、それはもう執拗に。
すると、次の瞬間、扉が怒り任せにとんでもない勢いで開いた。危うく、カラスはスレスレで飛んで無事だったが、後一歩遅ければ、その嘴がひん曲がっていた事だろう。
「煩い」
不機嫌なんて可愛らしいものでは止まらない、心の奥底から吐き出した様な声に、カラス達は面白おかしく笑う事は出来なかった。
「ノアってのは消えたが、ハッシュがマギーを連れてった。どうする?」
カラス達は、それまで事の次第を見届けていた。命じられていたのもあったが、元々そう言う役目も有り、戦々恐々とはしているものの、ニルに言葉は選ばずにありのままを伝えていた。
人形姿は表情が変わらない。その声色と、耳や尻尾の仕草だけが感情を伝える術と言っても良いだろう。
先程まで、怒り心頭の様子も鳴りを潜め、落ち着きを取り戻していた。
「お前達は監視を続けろ。どうせマギーは出れやしないんだ」
「あんたはどうする?迎えに行かないのかい?」
「行くさ。でも、次はもう、やり直しじゃない」
その言葉を聞いた瞬間に、カラス達は嘴を大きく開けて感極まった高い声で、カアカアと鳴く。
「良いんだな、お前が可哀想だと言ったんだぞ。良いんだな」
「良いよ。どうせ記憶が蘇るなら、もう変えてしまうだけだ」
ニルの意思をはっきりと聞き届けた、お喋り鴉達は、バサバサと羽を羽ばたかせながら、夜の国中に響くように、声高々歌い始めた。
――来たぞ、来たぞ、漸く時が来たぞ。新しい器を用意しろ。魔女の身体はフラムに沈めろ。これで、マーガレットもこの国の一員だ
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