第16話
◆
マギーの頭に浮かんだのは、この世界に存在しない大きな人だった。ウェーブの掛かったマギーと同じ赤毛。背中まであるその髪がふわりと揺れる。
パチパチと赤く燃える暖炉の前、ロッキングチェアに座ったその大きな人はマギーを腕に抱いて一冊の絵本を読んでいた。
『夜空がキラキラと輝く夜の国……』
そう、そんな始まりだった。
マギーの記憶の中で、トーンの高い女性らしい声が夢心地に物語を綴る。眠りへと誘う為か、物語を進める調子に合わせてロッキングチェアもゆらゆらと揺れた。
その度に、長い赤毛がマギーの頬を擽る。でも嫌じゃ無い。
その声と心地に揺られて、マギーの瞼は段々と重くなるのだ。
いつかの思い出が、マギーの記憶にしっかりと残っていた。
あれが、ノアの言う『お母さん』なのだろうか。
マギーは、大きな人を思い出す度に、胸を締め付けられる感覚で苦しくなった。どれだけ思い出そうとしても、それ以上の記憶が出てこないのだ。
くしゃりと歪んだ顔に潤んだ瞳。マギーの瞳からは一筋の涙が伝うが、悲しいという感覚は無い。その涙の理由が、マギーには分からなかった。
「マギー」
大人びた声から一転、ノアの口調が子供らしさを取り戻していた。
「ノア、あたし、どうしたら良い?どうやったら、その人に会えるの?どうやったら、この世界から出られるの?」
マギーがはっきりと、意志を示した瞬間。静寂だった汽車の中、マギー達の他にいた僅かな乗客達が、ガタンと大きな音と共に立ち上がった。
マギーとノアは思わず乗客達を見るが、動物の姿をしたそれらは、マギー達に背を向け、無言で立ち尽くしている。
何が起こった、そう考える間も無く、今度は車内放送が無い響いた。
『マギー……マギー……何処へ行く?』
誰とも言えない、低い不気味な声が、途切れ途切れにマギーを呼ぶ。
「マギー」
ノアは、マギーを他の乗客達から隠す様に背に追いやる。何が起こっているのか。
車内を仄かに照らしていた車内灯が、一つ、一つと消えていく。残されたのは、ランタンの灯りだけ。マギーはしっかりとランタンを抱きしめ、ノアの手を握った。
闇に、飲み込まれないように。
真っ暗な車内。ずるずると、足を引き摺る音が、マギー達に近づいていた。
動いている汽車に逃げ場は無い。
さながら、ホラーハウスを思わせる描写。作り物の恐怖とは似ても似つかない程に
初めて会った日の暗闇もそうだった。九時と言うこの世界のルールの中にいる存在。
誰かが、この世界からマギーを逃がさない。その誰かを考えた時に浮かんだのは、黒い猫の姿をした人形だった。
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