第15話

 汽車が蒸気吐き出しながら、ゆっくりと動き出した。

 ガタン、ガタンと揺れる椅子の上、マギーは駅から見送るニルに小さく手を振った。ニルの首には懐中時計は無く、今はマギーの首にぶら下がっている。

 時間を守るんだよ。ニルは必要以上の心配からか、大事な懐中時計をマギーに預けたのだ。

 少しずつ汽車は速度を上げ、次第に駅が遠のく。次第にニルの姿が見えなくなると、マギーは窓を閉じた。


 

 薄暗い車内を照らすのは、薄明るい車内灯の他は、皆が持っているランタンの灯りだ。疎らな車内で三つ四つと薄ぼんやりと輝いていた。

 その朝一番の静かな車内、マギーはノアをじっと見た。


「……ねえ、本当に」

「此処は夢だよ」


 何度、同じ事を訊いただろう。何度尋ねても答えは同じだったが、その度にノアははっきりと答えた。


「じゃあ、どうして私は目が覚めないの?」

「……君が拒絶しているからさ」


 それまで、穏やかな顔を保っていたノアの顔つきが変わった。

 冷ややかで、無情な瞳がマギーを見る。


「君が、現実を受け入れないと目は覚めない」

「でも、現実って何?」


 ノアは、一度マギーから目を逸らし、俯くも決意したのか再び顔を上げた。


「ここに来る前、僕は本当の君に会ったよ」


 物悲しげに、ノアは静かに語り出した。

 ガタン、ガタンと揺れる汽車の中、歪んだ車内放送が流れるも耳に入っては来ない。


「この世界は、君が大切にしていた物で出来上がってる。星屑物語の絵本、君が友達と称していた人形達、星を模った回り灯籠……他にも色々あったよ」


 そして、その御伽話に囲まれた君は眠ったままだと最後に溢した。


「それが現実?」

「そう、そして君が目覚める日を待っている人がいる事もね」

「誰?」


 マギーは何気無く尋ねつもりだったが、その言葉でノアの顔色は暗くなってしまった。


「君は、本当に何も覚えていないんだね」

「……ごめん」

「いや、君みたいなケースは初めてだ。大抵は切っ掛けを与えると、少しずつ記憶が広がっていくんだけど、君は記憶が無い事が分かっても夢の自覚が現れない。困ったもんだ」

「……難しいわ」


 はっきりと話すノアは、別人だった。それまでマギーに合わせていたとでも言うように、姿形は変わらずとも話し方も話す内容も大人びている。


「今日、僕と二人で出かける機会を作ったのは、知りたかったからだろう?」


 ガタン、ガタンと汽車が揺れる。マギーは揺れる窓に合わせて景色を見た。勿論、窓の外は只の暗闇だ。

 マギーにとって、それは当たり前で、今も現実だった。

 記憶が無くとも、例え、ノアがどれだけ説明しようとも、違和感だけが残った現実だった。

 

「……分からないの」

「マギー、夢ってのは君の思想の反映だ。君が願えば……君が本物と思えばこの世界は現実だ。でも、それが虚像と知れば夢は崩れ落ちる」

「……また、難しい事言うのね」

「夢は……嘘の世界に浸るのは楽しいよ。全てが理想で出来ているからね。でも、そんな嘘の世界の外側で、君のお母さんはずっと待ってるよ」


 それまで暗闇の向こうを見ていたマギーの視線がノアに戻った。ノアの目は真剣だった。紺碧色の瞳が、しっかりとマギーを見つめて、真実を告げていた。

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