第11話
白い花、平原の中で、綿帽子にも似た掌程の大きさで咲いている……というよりは、実っているという言葉が似合うだろうか。
ほんの少し指先で触れたなら、それはポロリと地に落ちる。
地に落ちると、種となって大地に染み込んでしまうから、マギーはそれを両手でそっと包み込んで、ゆっくりと手に下げたバスケットに入れていく。
それがバスケット一杯になると、一旦家に帰って、用意しておいたぬるま湯の中に入れる。すると、綿帽子が溶けていく。それを糸車に引っ掛けて指で支えながら、巻き取っていくと、糸が出来上がった。
マギーの糸は、一番細くてしっかりしていると良く売れた。二本指でしっかりと糸を摘んでいるから、、、なんて、マギーは町の住人達の指を思い出してはクスリと笑う。
マギーが綿帽子を取りに行くのは最初だけ。ニルとノアが家と綿帽子がある平原の小高い丘の往復を暫く担当する間、ひたすら糸を作るのが仕事だ。
二人が綿帽子を集めている間は、マギーは一人で糸を紡ぐ。
今日は、白い糸だから少々味気ない。
ぬるま湯を作るときに真っ赤なバラを一緒に煮立てて浸したなら、赤い糸の出来上がり。
ブルーベリーなら、真っ青な糸。
黄色は秋だけしか作れない。黄色い葉っぱをこれでもかってくらいに集めるのだ。
そこに、紅葉も入れると、オレンジ色だ。
でも、みかんで作った方が、オレンジは鮮やかだし、香りも良い。
実は、フラムの湖の水で糸を付けると、虹色の糸が出来上がるなんて噂もある。
それは、噂だから試した事は無い。なんせ、フラムの湖の水を家まで持って帰ってこようと思ったら、大鍋を持って汽車に乗らなければいけないからだ。それで、出来たのが白い糸だったなら、きっと目も当てられないだろう。
カラカラと音を立てる糸車を回しながら、ぼーっとその音だけに耳を澄まして集中していると、また、疑問が浮かんでしまった。
――いつ、糸車の使い方を覚えたのだろう。
それまで順調に紡いでいた糸から手が離れて、糸車が止まった。
残ったのは、暖炉で薪が燃える音だけ。決して、絶える事の無い火と、燃え尽きる事の無い薪。
それまで、当たり前だったその火。
だが、また疑問となる。
――何故永遠に無くならないのだろうか。
マギーは、昨日のノアの言葉を思い出した。
『マギーは何処から来たの?』
『いつから?』
その言葉が始まりで、疑問が溢れ続けて止まらない。
マギーは、何一つ、知っている事がなかった。
「私……」
記憶がぽっかり抜けた喪失感も無く、違和感だけが生まれ続ける。
そして、最後に生まれた疑問は――
「私、いつから、ニルと一緒にいるの?」
◆
ノアは、バスケット一杯になった綿帽子を持って家に帰ると、家の中はしんと静まり返っていた。
「マギー?」
床の上に用意された、糸がほつれて古くなったシーツの上に綿帽子を広げながら、ノアは家の中を見渡した。
すると、ベッドの上で疼くまるマギーの姿が。肩を振るわせ、泣いているのかとも思ったが、顔を真っ青にして何かに怯えていた。
「マギー、大丈夫?」
ノアは震える肩に手を当て落ち着かせようとするも、マギーはノアの顔を見たからか、真っ青だった顔色が更にどんよりと曇っていった。
「ノア、あたし……ノアが言った事、何にも思い出せないの……」
恐怖が恐怖を呼ぶ。マギーの思い出は、些細な事も思い出せない程にまっさらだった。
カタカタと震えるマギーの肩を、ノアは強く握った。力強いが、暖かい。ニルに触れても、決して得られない感覚が、マギーを安心させていた。
マギーは、自分を覗き込むノアを見上げた。
はっきりした表情の変化があるその顔は、優しくマギーが落ち着くのを待っている。
その少年は、言った。自分は外から来たのだと。
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