第9話
古時計が振り子を揺らし、大きな音を立てていた。
等間隔で、ボーンと古めかしい音を八つ鳴らす。
あの、つまらなピアノの音を聴くよりも、余程楽しみがある。でも、その音が夜を告げる音だったなら、絶望的だ。
マギーは、パチリと目を開けた。部屋の中は、古時計の振り子の音と暖炉が燃える音だけだ。
ベッドの隣に既にニルの姿は無い。上体を起こして隣のベッドを覗くと、ノアの姿も消え布団が整えられていた。
家の中を見回しても、二人の姿は無く、マギー一人がポツンと家の中に取り残されていた。
ぐうと腹の虫が鳴る。何かあったかしら、とマギーはベッドを抜け出してキッチンを除いた。そこには、メモと一緒に卵サンドが置いてあった。
『ノアと市場に出掛けてくる。留守番をよろしくね』
買い出しに出かけたのなら、今は朝だ。
ただ、そんな事よりも……
「置いてかれた」
いつの間に仲良くなったのだろうか。そんな疑問を抱えながら、マギーはニルが作ったサンドイッチを手に、昨日の出来事をぼんやりと思い出していたのだった。
◆
それから、十時を告げる鐘が鳴った頃だった。
ガチャリと、家の扉が開いた。
ベッドの上でスケッチブックと色鉛筆を広げて絵を描いていたマギーは、ニルが帰ってきたのだと顔を上げた。
「ニル、お帰り」
だがそこに、ニルの姿は無い。ノアが一人、何事もなく荷物を抱えて帰ってきたのだ。
「ニルなら寄るところがあるから、先に帰ってくれって。僕の事の話をつけてくるって言ってたよ」
小さなテーブルの上に市場で買った食材を紙袋から取り出して並べていくノア。
マギーはベッドから降りると、ノアがテーブルの上に広げた品々を棚にしまっていく。その中で、何度もノアを盗み見た。
昨日は暗闇の恐怖や、疲れでそれどころではなかったのだが、今になって疑問が沸々と湧いてきたのだ。
「ノアは何処から来たの?」
突然だったかな。
そうは思っても、マギーは思ったままが口から出るのだ。荷物を片付け、お茶の準備に暖炉の隅にケトルを掛けながらも、自然な流れだったのだろう。
「うーん、そうだなぁ。外の世界って言ったら、信じる?」
ノアはニコニコと笑っているが、マギーは首を傾げるしかなかった。
「外って、隣町とか?確かに、フラム以外は行った事無いけれど……」
マギーの行動範囲は限られていた。マギーが暮らす、ミレイヌと、星取りに行くフラム。後は、特に用事がなく行った事は無かった。
「じゃあ、訊くけど……マギーは何処から来たの?」
「何処って、ずっと此処にいるよ?」
「いつから?」
いつ?
マギーは思わぬ質問に、固まってしまった。
いつ?そんなのずっと前からに決まっている。
そう答えようとしたが、マギーは、もやもやと胸の辺りがざわついて、咄嗟に言葉が出なかった。
「(あれ、いつから此処にいるんだっけ?)」
どれだけ思い出そうとしても、マギーの記憶の中に、思い出らしい思い出が、何一つとして浮かんでは来なかったのだ。
不安が、押し寄せる。暗闇に追いかけられた時の様に、何かいけない事をしている気がして、マギーは思わずスカートを握り締めた。
「どうしたの?」
ノアは、無邪気な笑顔で、ただニコニコと笑っていた。
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