第7話

 走って、走って、走って――


 走りながらも、ニルは時折時計を見る。

 時計の針はぐるぐるぐるぐる駆け回り、まともな時間は彼方へと消え去った。

 ニルは先導しながらも、マギーを気にかけ続けた。足が遅い上に怖がりな癖して、マギーは見知らぬ少年と、しっかり手を繋ぎ暗闇から守ろうと必死なのだろうが、むしろ引っ張られている。

 少年の事を気にしている余裕は無かった。どんな存在だろうが、今は夜の方が恐ろしい。時間が当てにならない今、只管に走るしか無かった。


 ◆


 山を下って、足場が平坦になった。

 よし、後少し。見通しが悪い森の中、それでも彼方にある薄ぼんやりとした湖の星の光に心なしか安らぐが、それも束の間だった。


 背後から、何かが迫る気配が……。それは、九時を過ぎた合図だ。


 ――まずい!


 手に持っていたランタンを鞄に括り付けると、ニルは先導をやめて、マギーに並んだ。

 出来る限り、光を集めなくては。


「ニル……ごめん……ごめんね」


 マギーの目が今にも泣きそうな程に、不安が零れ落ちていた。


「マギー、大丈夫、間に合うよ。湖まで後少しだ」


 ニルの落ち着いた声。マギーは涙ぐみながらも、うん、と頷いた。


 ◆

 

 森を抜けた。

 目の前には、星屑でいっぱいの湖が視界に広がっている。

 間に合った!そう、歓喜して、湖に一歩足を踏み込んだ瞬間だった。


 ―あああぁぁぁっっ


 呻くとも、叫ぶとも、聞き取れない低く野太い声が闇の向こうから響き渡った。

 ぞわぞわと背筋が何かを這う感覚にマギーは、湖の真ん中へと足を向けながらも、思わず背後を振り返ってしまった。


 ただ黒一色で染め上げた、が視界一杯に広がっていた。まるで、今にも手を伸ばしてマギーを捕まえようとしている様。ほんの毛の先にすら触れそうだった。

 それまで星の光でほんのり照らされていた森も道も全てを黒が覆い尽くす。


「マギー!ノア!立ち止まるな!真ん中まで進め!」


 出来るだけ、闇から遠ざからなければ。ニルは、自身の縫い付けられた腕の糸が解れる程に、目一杯引っ張った。

 その勢いで、尻餅を着いたマギーは、星の光に包まれながらも、辺りを覆う闇に恐怖して一歩も動けなかった。ニルが、しっかりと包み込み、一方の手ではノアがしっかりと手を握っている。それでも、恐怖は薄まらない。

 黒く、蠢き、畝る。形の無い闇は、豪風が通り抜ける如く、光を避けて駆け抜けていった。

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