第6話
森の様相すら変える光の中は、白一色だった。眩しいと言う感覚は失われ、まるで白い部屋にでも迷い込んだのかとすら勘違を起こしそう。
その真ん中に、誰かが倒れていた。
「大変!」
マギーは慌てて駆け寄り、身体をゆすってみると僅かに呻く。
生きてる。サラサラのショートヘアの男の子。栗色の髪色をさらりと撫でると、また少し呻いて男の子の目が微かに開いた。
紺碧の瞳が覗いてマギーと目が合うと、男の子の意識が次第にはっきりとしてきたのか、マギーから目を逸らし彼方此方を見回す。
「あの、大丈夫?」
マギーが声を上げると、男の子は上体を起こしてもう一度マギーを見た。
「君の名前は?」
まだ意識がはっきりしていないのだろうか。マギーとしては大丈夫かどうかを確認したかったのだが、男の子に合わせる事にした。
「私はマーガレットよ。あなたは?」
「僕は、ノア」
ノアはにっこりと微笑んだ。その瞬間、発光していた空間は消え去り、いつの間にか薄暗い深い山の姿へと変貌していた。あれだけ明るかった世界が闇に沈むと、不思議と不気味に感じる。
ランタンの光で、ほのかに辺りは照らされるが、少々、心許無い。目的が達成された今、マギーにとって急に山深い底が恐ろしい場所になった気がしてならなかった。
「ねえ、立てる?」
マギーは、ノアを捲し立てた。ノアは、衣服こそ身に纏っていたが何も持っていない。この夜の世界で、灯りも持ってない人を放ってもおけないが、背後に恐怖がにじり寄っている感覚の所為で、出来るだけその場から離れたかった。
ノアも、マギーから何かを読み取ってか、何事も無かったかの様にスッと立ち上がって見せた。ランタンは一つ。マギーはノアに手を差し出していた。
◆
光が消えた。ニルは背後の光の気配が消えると同時に懐中時計を開いた。
「まずい……」
時間が歪んでいる。山を登り切った時は、まだ一時過ぎだった。なのに、今は時計の針が五時を指している。
どう足掻いても九時に家に帰るのは無理だ。
「マギー!!」
ニルは精一杯叫んだ。せめてフラムの湖までは辿り着かなくては。長い耳をピンと立て、欹てると微かに草を踏む音がする。だが、それは一つでは無い。不思議に思いながらも、ニルはもう一度マギーの名を呼ぶと返事があった。
「ニル!」
はっきりと無事を告げるマギーの声に安堵すると、ニルは声の方へと駆けた。こう言う時に、四本足で走る事を忘れた身体が憎たらしい。それでも、マギーよりは速く走れる二本足を必死で動かした。
そう大した距離も無く、薄らとほのかな光がニルの目に映った。
その薄らとした灯りは、マギーの顔を映し出したが、もう一つ、見知らぬ顔も同時に照らしていた。
「マギー、その子は?」
「ノアって言うの。置いて行けないし……連れて来ちゃった」
ぎゅっと握られた手に引かれ、ノアの目がニルを見つめた。
「マギー、時間が無い。湖まで戻ろう」
「何言ってるの?時間なら……」
山の頂上にいた時間を考えても、汽車の最終には間に合うはず。そう思いながらも、マギーは空を見上げた。
ポツリ、ポツリと新たな星が光り始めている。夜の始まりだ。
「嘘……」
「今日に限って時間が歪んだんだ!急ぐよ!君も走って!」
ニルは先導として前を走った。
マギーも、ノアを急かす為に繋いだ手を引っ張ると、ノアもその焦りに釣られて、一緒になってめい一杯走り続けた。
夜。夜。深い深い、夜が来る。
灯りを絶やしてはいけない。灯りから離れてはいけない。
でないと、夜に飲まれてしまうから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます