Chapter.4
夢を見たんだ。
でも、その内容は分からず、夢を見た事しか覚えてない。
だから、分からない。
どうして、その夢を見た後は決まって悲しい気持ちになるのか。
一体、ボクはどんな夢を見たんだろうか──
「……ん……」
顔に降り注ぐ眩しい光。
「んあぁぁ……朝、か……」
重たい瞼をこすり、ピンと身体を伸ばす。
そして、目の前でスヤスヤと眠るアニスさんを起こす為に、名前を呼びながら肩を揺らす。しかし、ピクリとも動かない。だから、少しだけ激しく揺らしたら、
「はぐぅわっ⁉︎⁉︎」
「……もう、少し……だけ……」
「ぅぅ」
みぞおちに重い一撃を食らった。
寝ぼけて本気じゃないとはいえ、良い拳だ……吐くかと、思った……。
「すぅ……すぅ……」
しばらく様子を見たけど。一向に起きる気配はなし。
「しょうがない」
先に朝ごはん作っちゃお。
──シャラン。シャララン。
それは髪飾りにして、未だに身に付けてくれている鈴から響く音色。彼女が目を覚ました合図。
「えへへ、おはようございます」
「おはよ。 また任せちゃって、悪いわね」
「いえ。 冷めないうちに食べましょう」
改めて彼女と暮らし始め、三ヶ月。ボクの生活は大きく変化していた。
以前の彼女との食事は食べさせるだけ。まるで作業のようだったが、今は師匠と暮らしていた時のように他愛ない話をしながら楽しく食事をしている。
仕事も、
「ありがとうございます」
「ありがと、ござい、ます」
「アニスさん、もっと笑顔で。 にこ〜って」
「わ、分かってるわよッ‼︎」
フィリア様への魔力供給は止めて、小さなワゴンで彼女と一緒に魔法薬の販売を始めていた。
今まで魔法薬を作れても、魔法薬師の資格がなくて販売が出来なかったけど。彼女が代わりに取ってくれたおかげで、こうして二人で働けている。
「アニスちゃん。 また来るね〜──」
「やはり、アニス殿の魔法薬が一番だ。 他所とは──」
「あぁ、アニスさん。 貴方の魔法薬は本当に素晴らしい。 良ければ今度──」
うん。理由はどうあれリーピターも多くて、以前より収入は安定した。本当にアニスさんのおかげで助かっている。
その日の販売を終え、帰っている最中。アニスさんは満足げな顔で『そろそろ結構貯まったんじゃない?』と聞いてきた。
「えぇ。 まぁ」
「じゃあ、あんなボロ小屋出て店開きましょうよ!」
「ボロ小屋って。 確かに、そうしてもいいくらい順調ですけど」
「何よ」
「いや、ボロとはいえ長年住んでる家を出るのは。 愛着だってありますし」
「……そうね。 アンタってそういうやつよね」
呆れ顔のアニスさん。その声はどこか寂しげで。
「うひゃっ⁉︎⁉︎」
「何ショボくれた顔してんのよ。 アンタが乗り気じゃないならこの話はナシ。 それだけでしょ」
ボクの頬を引っ張る手が冷たく感じる。そんなの当たり前なのに、冷たい。とても冷たい。冷たくて──。
「おやすみ」
「おやすみなさい、アニスさん」
しばらくしてから彼女の寝息が耳に入る。
ボクは、また寝付けない。
彼女がすぐ側にいて、魔力を感じて緊張してしまうのもある。けれど。
一番の要因は不安だから。
傍から見れば、彼女との生活は上手くいっていて、楽しくて、幸せだ。あくまで傍から見れば。
あの日。彼女は『しばらくここにいさせて』と言った。
それはいずれボクの元を去るという事かもしれなくて、何の拍子でいなくなるか分からない。
彼女の笑顔。師匠と同じでいつも笑っているけど、師匠とは違う。
だから、不安になる。もし違っていたらと、弱気になる。
けれど、こんなの直接本人に聞かなければどうにもならない。だから、聞くしかないのに。それが引き金になるのが怖くて聞けない──。
「ブァーッカめぇ‼︎ ンなのウジウジ悩んだってどうにもなんねぇだろ‼︎」
昼下がりの喫茶店。こんな時間から当然のようにお酒を飲む酔っぱら……唯一頼れる友人ことコランドに例の悩みを相談したところ、予想通り怒られてしまった。
「オマエさ、ウジウジしててもいつか時間が解決してくれると思ってんの?」
「流石に、そんな風には思ってないけど」
「だったら、今すぐにでも行動しろ! 当たって砕けろ!」
「まぁ、そうだよね……」
「安心しろ。 喜んで骨は拾ってやる。 いくらでも拾ってやる」
「で、でもさ、ボク余計な事……言っちゃてて」
「うるせぇっ‼︎ 過去は忘れ去る為にあんだよっ‼︎」
コランドは大声を上げると、もう何杯目か分からないお酒を飲み干した。その顔はとても真っ赤で目もぼんやりとしている。明らかに飲み過ぎていて、この後の最悪な未来が目に浮かぶ。
「あのさ、そのくらいにしといた方がいいんじゃないかな」
「……オマエはいいよな、寂しくなくて……」
「コランド」
「オレも……あのデカパイで
「ッ‼︎⁉︎ ……言っとくけど。 まだそういう事してないからねっ!──」
──コランドに勇気付けてもらおうと思ったのに。やっぱり、ボクはダメなやつだ。
『全く、
し、しょう?
何で、師匠がここに。どうして、ボクをおぶって。
あぁ。夢か、これ。
そういえば、幼い頃に森で迷子になった時にこんな風に。師匠と。
師匠の背中、あったかい。夢の中でも師匠は師匠なんだ。
……じゃあ、相談しても。いいかな。どうせ夢、だし。
ねぇ、聞いて。 ボク、好きな人が出来たんだ。 でね、その人は──
「──……あれ……」
さっきまで飲んでいたはずなのに、どうして家に。
「気分はどう?」
「アニスさん。 えっと、ボク」
「飲み過ぎ」
「へ?」
「帰りが遅いから様子見に行ってみたら、ベロンベロンに酔ってた」
「……あー、ご迷惑をお掛けしたようで……すみません」
「別にいい」
「あっ‼︎ こ、コランド‼︎ コランドはっ」
「大丈夫、アイツなら幼馴染の子が連れて帰ったから」
「そうなんですか。 良かった。 というか、コランドに幼馴染がいたんですね」
「知らない。 はい、水」
「ありがとうございま──」
「ッ‼︎‼︎」
「──え?」
彼女の指先に触れた瞬間。手からコップが滑り落ちて、そのまま床へと落ちた。
「ご、ごめんなさいッ。 すぐに新しいの持ってくるからッ」
「ま、待って! 何か、あったんですか?」
何で、急に。手が触れただけで、耳まで真っ赤に。
だって、彼女にとって手が触れるくらい大した事じゃないはずなのに。
「……何かあった、ですって。 くっ、アンタの……アンタのせいじゃないッ‼︎」
「ぼ、ボクの……⁉︎」
「アンタが酔った勢いで告白なんかするからッ‼︎‼︎」
「えっ、え、えぇっ⁉︎⁉︎」
ももももも、もっ、もしかしなくても、さっきのは夢じゃな……………………。どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようえ待ってボク一体どこまで言ったんだろ辛うじて覚えてるのは好きな人が出来たって言ったところでその後は──。
思い出せないっっっっっ‼︎ 何を、彼女に何を言ったんだよボクっっっっっ‼︎
「……そんな焦らなくても分かってるわよ。 どうせアタシを大好きなひい婆様と見間違えただけでしょ」
「え。 まぁ、それはそうなんですけど」
「ああいう事言われるの慣れてなくて、ちょっとドキッとしただけだから。 別に。 真に受けたりしてないわよ」
「……ぁ……」
言わなきゃ。
今言わなきゃ、ボクと彼女はずっと。
「…………」
でも、怖い。怖くて、声が出ない。あの時と同じで。
百年もの間忘れらなくて、都合よく言い訳して。後悔して。今も、ビクビクして。
それでいいの。彼女はボクを見てくれているのに。
本当に、それで…………。
「ま、真に受けてくださいっ‼︎」
「は、はぁッ⁉︎⁉︎」
「上手く言えないんですけど、アニスさんの笑顔は師匠とは違います!」
「……それ、どういう意味なのよ」
「師匠に似てるけど、違ってて、無理してる、風に見えて……ボクは、それが嫌だなって……でも、それを言ったら……いなくなりそうで……ずっと、怖くて、言えなくて……でも、アニスさんの、笑顔……見たいから……アニスさんが言うように、ボクの好きは変わってなくて……でも、それはアニスさんを師匠と重ねてた時とは違って……アニスさんは師匠じゃない、けど……師匠と同じで、その……」
「意味分からない。 アンタってホントムカつく」
「うっ、ごめんなさい」
「謝んないでよ、バカ。 アタシはそんなアンタが──好きなんだから」
目頭が熱くて、
「何よ。 アンタは、言ってくれないの?」
どんどん前が見えなくなっていくけれど。
これで、
「ボクもアニスさんが好き。 大好きです」
「なら、行動でも示してよ──」
──シャラン。
「その鈴、付けたままで大丈夫ですか?」
「問題ないわよ。 それより、アンタのキスが上手いのムカつく」
「え、そんな事言われても」
「ねぇ、それ。 アタシにも教えてよ」
「……そのセリフ、アニスさんの方が慣れてる気がします」
「ふふ。 うっさい、バぁカ」
シャン、シャン──
シャン、シャ──
シャンッ──
シャラン、シャララン──
シャン──
シャンッ、シャンッ、シャンッ──
シャラララランッ──
シャン…………シャ…………シャン──
「ねぇ、いつから。 アタシの事、好きになったの?」
「実は、きっかけはあれから三日後ぐらいで。 最初はアニスさんが何考えてるのか分からなくてずっとビクビクしてて、どういうつもりなのか考えてる時に、ふと気付いたんです。 どうして『外には』なんて言い方したんだろって。 その時はまさかって思ったんですけど、一緒に生活するようになって……もしかしてって……それで気付いたら、ボクの中でのアニスさんの存在が、大きくなってて……」
「アンタ。 可愛いわね」
「そ、そういうアニスさんこそどうなんですかっ!」
「アタシは……。 言わない」
「なっ、ズルいです! 今って恥ずかしげもなくそういう事言う時なの──に、っ⁉︎」
「おやすみ、ミナ」
「……ぅぅ……」
納得いかない。抱きしめて、誤魔化すなんて。
でも、それくらい恥ずかしい理由があるならそれはそれで。
「えへへ」
✳︎
-数日後-
「ねぇ、ミナ」
「ッ‼︎」
「それ、何作ってるのよ」
「……アニスさん。 まずは頭から退けてください。 ソレ」
「は? 何言って──スケベ」
「なっ⁉︎ 乗せてきたのはそっちじゃないですか!」
「たまたま良い位置にアンタの頭があっただけ。 それを意識するなんてスケベよ、バカ」
「……良い位置って。 師匠みたいなこと言わないでくださいよ」
「はぁッ?」
「ぐぇっ、く、くび、やめ──」
「何が師匠みたいな事なのよっ‼︎」
「ち、ちがっ、はなし──ゲホッ、ゲホッ……あぁ、死ぬかと思った……」
「次言ったら容赦なく絞め殺すから」
「……はい」
「で、何作ってたのよ」
「成長薬です。 と言ってもまだ試験段階ですけどね。 今まではそんなに気にしてませんでしたが、体格差があるとアニスさんとの」
「はぁッ? そんなもの作るんじゃないわよッ‼︎」
「ぐぇっ、な、なん、でぇ…………──」
fin.
いつかの君が、いつかの君へ。 メロ @megane00
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