第59話 山田市太郎と海渡の会話

 山田市太郎はダンジョン管理省の特殊探索科の部屋で今回の報告書を作成していた。

 ギルド蛇使いの笛は偶然ダンジョンを発見した。そしてダンジョンを管理省に報告せずに儲けようと考え、探索し鉱石を調べると、ダンジョンで取れる鉱石が麻薬になる事を知っていた者が居た。

未報告ダンジョンで取れる鉱石が麻薬となる事を知ったギルドは、鉱石を精製して麻薬で金儲けをする予定だった。しかし麻薬を売買する伝手が無い。だから裏社会の人間と協力する。


 その時期にギルド蛇使いの笛に新しい探索者が入団する。

 中堅探索者の『藤田源太』だった。

 彼は地方の探索者で金儲けの為に上京し、酒場で蛇使いの笛の隊員と仲良くなり、その伝手でギルドに入団する。良い働きをするのでギルドの隊員や幹部から認められていた。

 しかし藤田源太はダンジョン管理省から密命を受けていたスパイだった。

 藤田源太の任務は『蛇使いの笛を調査する事』というあいまいな指令だった。

 入団して一年後、調査で未報告ダンジョンを知った。そして鉱石が麻薬になる危険なモノだと。

 それを調査している時に、正体がバレた。そして未完成の麻薬の実験台にされた。意識がギリギリの所で証拠の鉱石を手にして逃げ出した。

 そして東と日野に偶然出会う。

 藤田源太の働きで麻薬が広がる前に、察知でき、未報告ダンジョンを突き詰めた事で、ギルド蛇使いの笛とその後援者である資産家を捕まえる事が出来た。

 しかし捜査に協力してくれていた藤田源太氏の正体がバレてしまって、麻薬中毒者になった事は反省すべき点である。

 そして藤田源太氏の兄である藤田心太氏にも多大な迷惑をかけた点も留意すべき事である。

 問題はある。藤田心太氏を殺そうとした犯人である。長距離射撃のスナイパーは見つける事が出来なかった。

 そして藤田源太が逃げ出せた理由。麻薬中毒者の彼が監禁されていた場所からどうやって逃げ出す事が出来たのか? 藤田源太に聞いてみても記憶があいまいで思い出せないとの事だった。

 その点を考慮すると、第三者に助けられたと考えた方が良いだろう。スナイパーの件も。

 後日、伝風寺綾乃嬢を誘拐した、逃げ延びたギルド蛇使いの笛の探索者達は全員捕まってギルド蛇使いの笛は消滅し、後援者の資産家も刑務所に入る事になり、財閥は伝風寺財閥が買い取ったので他の従業員に迷惑をかける事はない。

 なお、藤田源太が逃げ出せた手段に関しては「偶然出口の鍵が開いていた」「見張りがその時に限っていなかった」という他者に計画されたようなものだった。

 山田市太郎が報告書を作成中の部屋にダンジョン管理省危険物調査課の海渡が入って来た。


「山田君、お疲れさん。少し休憩したらどうだい」


 缶コーヒーを山田に渡す海渡。山田は礼を言って缶コーヒーを一口飲み、そして目が疲れたので目のマッサージをする山田。


「なあ、山田君。今回の件で少し聞きたい事があるが良いか?」

「なんでしょうか?」

「今回の事件を君から聞いて、ダンジョンから出た鉱石を事務次官補から命令を受けて捜査していた。そして私達は他の部署と協力して手掛かりを掴んだ」

「管理省は優秀ですね。あっという間に手掛かりをつかむのですから」

「違法ダンジョンも見つける事が出来て、蛇使いの笛を捜査して不法行為を発見した……」


 一呼吸で話し、コーヒーを飲む海渡。


「……違法ダンジョンの場所が分からなかった。捜査に協力してくれた他部署すらも見つける事が出来なかった。しかし山田君は地図を見て「この辺だ」と言った。その周辺を調べたら本当にダンジョンが在ったのだから、我々は自身の無能さに頭を抱えたよ」

「そのような下卑た考えはいけません。私は調査課の頑張りを知っています」

「……山田君、君は違法ダンジョンの場所を知っていたね」

「……はい、知っていました。知っている訳は話す事が出来ませんが」


 山田と海渡の間に緊張が走る。海渡の捜査を知っていて、何も教えない山田に海渡はキレそうになる。しかし相手は高校生で事務次官補の息子。そしてダンジョン管理省に貢献している人間である。


「藤田源太が蛇使いの笛を調査する為に管理省が送ったスパイという事も話せなかったのか?」

「その件については私も知りませんでした」


 海渡も今まで協力してもらい助けて貰っている。

 しかし今回は何も情報を与えてもらっていない。


「どうして今回は何も教えてくれなかった? なぜ助けてくれなかった? 理由があるのか? 私が満足できる理由なのか?」

「……申し訳ありません。話す事が出来ません」


 頭を下げる山田。理由を話せないとの事で山田を殴りたくなる海渡。


「山田よ。お前が説明しないせいで協力者の藤田源太は、麻薬中毒患者になったんだぞ! 分かっているのか!」

「……麻薬中毒患者になる可能性は分かっていました。しかし教える事が出来ませんでした」

「どうしてだ!」

「理由は証拠が無いからです。ですから証拠が出るまでは教える事が出来なかったのです。藤田源太氏の事は申し訳ないと思っています」

「お前!」

「日本中に麻薬が広がる事を防ぐために必要だったのです。初期段階で防ぐために!」

「その為に藤田を利用したのか!」

「ギルド蛇使いの笛すらも利用しました。彼等に麻薬の事を教えたのは私達です」


 山田の襟をつかむ海渡。掴まれても説明する。


「遅かれ早かれ鉱石を利用して麻薬作るでしょう。だったら私達の計画通りに進んでもらった方が利用しやすい。本当なら藤田氏が麻薬中毒になる前にギルド蛇使いの笛を潰すつもりでした。しかし……」

「しかしなんだ! お前は何を考えている!」

「ダンジョン管理省の人間が密告しました。藤田氏が管理省側のスパイだと。だから藤田氏は捕まって麻薬中毒者に……」


 山田の説明に驚愕して襟を放す海渡。

 裏切り者が居ると説明を受けて、その裏切り者が海渡の在籍している危険物調査課の人間だと理解した。しかし市太郎に否定された。


「私も後で知ったのですが、誰が裏切ったのは分かりません。しかし危険物調査課ではないようです」

「……では裏切り者は?」

「……現在調査中です。父上と一部の人間が調査しています」


 襟を正して「海渡さん、本当に申し訳ない」と頭を下げる山田。


「初期段階で証拠を集める必要があった。他の者達に邪魔されずに……」

「……山田君よ。オレは君を信じていた。今も信じていたいと思っている。……しかし騙され利用された。裏切られた気分だよ」

「……本当に申し訳なく思っています」

「この件を知っている者は事務次官補と他は誰だ?」

「教える事は出来ません」

「……そうか。信用されて居なかったのだな」


 そう言って部屋を出た海渡。海渡は信頼されていなかった悲しさと憤りを感じていた。そして途中の廊下の壁に拳を叩きつける。信頼されていなかった自身に「くそったれ」と呟いた。


 山田はため息をついた。違法ダンジョン内の鉱石が日本中に流通しなかった事には成功したが、信頼していた人達を裏切った事に罪悪感に苛まれた。


「今回は成功だ。初期対応が早かったから麻薬が広がらなかった……」


 独り言のように呟く山田。

 海渡がくれた缶コーヒーを飲むが、一口目よりもとても苦く感じた。


「……良くなっている。大丈夫だ。心配ない。絶対に大丈夫だ。日野君達も救われた。だから大丈夫だ」


 山田は手で顔を覆い自分に言い聞かせるように呟く。その行為は数時間も及んだ。

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