第58話 誘拐解決②
誘拐事件の全貌を「後日伝える」と伝風寺仁一朗から言われて、優達は寮に帰る事にした。
エマも誘拐のショックから立ち直っている風に見える。
帰宅の車内で綾乃がエマを励ましていた。
「……綾乃嬢。君は帰るのではないのかい?」
「今日は皆さんと一緒に夕食を食べる予定です。家庭科実習で作ったチーズケーキを……」
チーズケーキを誘拐現場に落としていた事を思い出した綾乃。そして、
「今日の買い物全部ない! どうしよう! 山田さん! 誘拐現場に! 私達の荷物が!」
エマも荷物を落した事に気付いた。優も鞄を落していた事を今まで忘れていた。
「大丈夫だ。荷物は寮に持って行ってもらっている」
市太郎の言葉にエマと優は安心したが、綾乃は「ケーキは無事でしょうか? 落とした衝撃で崩れたりしていないでしょうか?」と市太郎に問い詰めた。
「大丈夫。崩れた程度でケーキの味は変わらない。皆で食べるから心配無用だよ」
「市太郎様は本当にお優しいですね。綾乃は感激です」
上目遣いで市太郎を見る綾乃。甘い空気が綾乃から発生するが、市太郎には効かなかった。
電話をかけながら市太郎は、綾乃に甘い言葉を伝え、そして綾乃から発する甘い空気を無視して電話先の相手と会話する。
市太郎と綾乃の邪魔をしては悪いと思った、優とエマは二人から少し距離を置いた。そして綾乃から発する甘い空気から、いろいろと逃げ出したい二人は「早く寮に着くように」と願う。
寮に帰り着くと、優の鞄、エマが買っていた荷物、綾乃のチーズケーキは届いていた。
「部屋まで荷物を運ぶよ」
優はエマの荷物を持って日野兄妹が住んでいる部屋まで運ぶ。
そして部屋に荷物を置くとエマが、
「今日は守ってくれてありがとうございます、優さん」
「い、いや僕は何も出来なかったよ。助けに来てくれた日野さんや護衛の人達のお陰で助かったんだから」
「でも優さんが私達を守ってくれました。本当にありがとうございました! カッコ良かったです!」
エマは頭を下げて礼を言う。最後の言葉で顔を真っ赤にして優の返事を聞く前にドアを閉めた。
日野兄妹の部屋の前で固まる優は深呼吸をして自分の部屋に戻った。
普段着に着替えて、ソファーに座ると疲れが溜まっていたのか眠気に襲われ、ソファーで横になった。
エマは玄関口で顔を赤くして、両手で頬の体温を下げていた。
誘拐犯の前に立ってエマと綾乃を守った優に少しだけ心を惹かれた。
感謝の気持ちを言うだけだったのに『カッコ良かった』と言ったエマは、自身のとんでもない言動が恥ずかしく、ドアを閉めて真赤な顔が優に見せない様にした。
「御飯前に普段通りの対応に戻さないと……」
水を浴びて体温を元に戻そうと思ってお風呂に入り、火照った体を元に戻すが、誘拐時の優の行動を再度思い出した。
いつもは気弱な感じなのに、守られている時は頼もしく感じた年上のカッコ良い感じで、そのギャップにエマは惹かれた。……ギャップ萌えである。
お風呂でリラックスすると寝そうになるが、晩御飯の準備の為にもう一度水で顔を洗って意識を取り戻した。
「よし! 晩御飯の準備! 今日は綾乃さんも一緒に食べるし何を作ろうかな?」
入道の妻である真子と綾乃とエマの三人で晩御飯の献立を考え作る事になる。
エマは冷蔵庫の中にある食材を思い出しながら、先に献立を考えた。
……綾乃さんは市太郎さんの好きなおかずを作ると思うから、私は優さんの好きなおかずを作ろうかな? と考えたら顔の体温が上昇する。再度両手で顔の温度を下げる作業に入るエマ。
夕食の時間。優は市太郎に起こされて、二人で入道の部屋に行く途中。
「さすがに疲れたようだね。初めての誘拐だったから仕方がない。食後は風呂に入って寝た英気を養えば良いと思うよ」
「……そうだね。もう誘拐はされないと思いたいな」
「それは難しいな。綾乃嬢と一緒に居ると必ず誘拐されるだろう」
誘拐される事は決まっていると山田に言われて気を落す優。
「悲観する事はない。綾乃嬢には基本的にボディーガードが付いているし、衛星から位置情報を管理している。緊急時には即救出班が動くからね」
「……さすがは世界の伝風寺財閥のご令嬢だね。すごい警備体制だね」
「他にも知人の情報管理している。優君も管理されているよ。もちろんこの寮の人間全員が管理対象だよ」
「……さすがは世界の伝風寺財閥だね。個人情報って意味が無い事が理解したよ」
改めて伝風寺財閥の恐ろしさを知った優だった。
入道の部屋に入ると食事の準備が出来ていた。
「あれ? 日野さんとリナさん達は?」
入道は夜勤と聞いていたが、夕食までに帰ると聞いていたが戻っていない日野と新家姉妹。その疑問を市太郎が答える。
「彼等はダンジョン探索の鉱石採取のノルマ達成に時間がかかっている。もう少しで帰って来ると連絡があったから心配いらないよ」
そんな事を話していると、リナと日野が部屋に入って来た。
「ただいまー。遅くなってごめんね」
「山田! ノルマ達成したぞ! エマは大丈夫か!」
皆が「お帰り」と言う。リナは「疲れたー」と言いながら席に座り、日野は「エマ、大丈夫だったか?」と問いかける。
「大丈夫だって、お兄ちゃん。優さんに守ってもらっていたから心配いらないよ」
「優、サンキューな。今度ジュース奢ってやる」
その言葉にエマは「私を助けた恩がジュースって何よ! せめて昼食一ヵ月くらい奢りりなさい!」と言って日野を叩くエマ。叩いた場所がちょうど鳩尾に当たり苦しむ日野だった。
「綾乃ちゃんも誘拐されて大変だったね。本当に迷惑極まりないよね」
「その為にいろいろと準備していますから。リナさんも今日は大変だったのですか?」
「今日は大丈夫だったよ。でも一昨日にセクハラされた。相手はぶん殴ってやったわ!」
「お互い大変ですね……」
「変な星の下に生まれた同士、頑張ろうね」
綾乃とリナの会話の意味が分からない優。どんな意味なのかを聞こうとする前に夕食が始まった。
そして『変な星に生まれた同士』の言葉の意味を後日知る事になる優。そのせいで厄介事に巻き込まれてしまう優だった。
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