第56話 誘拐⑤

 後日、綾乃の病状は一変した。心臓に魔力が結晶化した。日本最高峰の病院の外科医から「手の施しようがない」と言われた。

 医者から「最新医療で魔力を消して結晶化と取り除く方法があります。腕や足などの結晶化は消し去る事は成功しています。しかし心臓などの重要臓器には前例がないので……」と説明を受けた。

 両親は入道護道医師を呼び出して、治療可能できるかを聞く。


「……初めての試みですが治療可能です」

「頼む! 綾乃を助けてくれ!」

「分かりました。しかしお願いがあります。手術に山田市太郎という子に手伝って貰う事が条件になります」


 仁一朗は入道に説明を求めた。子供が手術を手伝うなんて聞いた事がないからだ。


「山田市太郎君がアンチマジック能力を見つけ出し、私に治療法を教えているのです。私は未熟で結晶を消す事が難しいですが、山田市太郎君なら心臓の結晶を消す事が出来ます」


 入道護道医師の説明と説得により山田市太郎が手術を手伝う事になった。

 そして心臓の魔力結晶化を消す事に成功し、全ての結晶が綾乃の体から除去された。

 完治した綾乃は市太郎に「お慕いしています。私と結婚してください!」と逆プロポーズをする。

 その時の市太郎の表情は『驚愕を通り越して開いた口が塞がらない』様子だったと入道護道は語った。


「あの時は私も驚いた。ひ弱な綾乃が皆の間でお前にプロポーズだからな」

「……そうですね。私も驚きました。手術に失敗したのかと本当に思いましたよ」


 綾乃の逆プロポーズで病室は混乱の渦に陥った。父親は入道護道と山田市太郎を「娘になにをした!」と責めて、母親は「疲れたのね、今はゆっくり養生しましょう」と綾乃を心配し、仁一朗は「頭がおかしくなった! 治療しろ!」と医者に命令した。

 今では綾乃の結婚に賛成の両親。唯一の反対者の仁一朗はため息と吐いた。


「本音を言え。本音を言えばお前に協力してやる」


 仁一朗は綾乃と市太郎の婚約に反対のポーズを取っている。市太郎と綾乃の結婚反対勢力が仁一朗に寄ってくるからだ。そして結婚反対勢力を纏めて叩き潰す算段を計画中だからだ。


「……私はやるべき事があります。必ずやるべき事です。その為に綾乃嬢を利用したくありません」


 前に聞いた同じ言葉を聞く仁一朗。市太郎のするべき事。冷静沈着な市太郎だが、この言葉を発するときは迫力があり威圧的だ。


「オレは利用しても良いのか?」

「私は紳士ですから女性を利用などしません。しかし男性はこき使います」


 威圧的な雰囲気がなくなり、いつもの冷静沈着な表情をする市太郎。


「……そろそろ、綾乃の救出部隊が現地に着いたはずだ。後処理は私に任せろ」

「よろしくお願いします。私は……」


 そのときに市太郎と仁一朗に電話がかかる。


「山田、新家だ! リナからの連絡で、ダンジョン探索中に日野が妹の誘拐を知って、ダンジョン用の装備を持ってバイクで行ったらしいぞ! 先ほど連絡があった!」

「申し上げます! ダンジョン探索者らしき若い男性が勝手にバイクに乗って突入しました! 現場は混乱中ですが彼を囮にして我々も突入します!」


 日野が妹の誘拐を知って助けに行き、現場を混乱させた様だ。


「新家先生、山田です。日野君達の件はこちらで対応します」

「私だ、バイクに乗って来た男は誘拐された人間の親族だ。囮ではなく協力してくれ」


 二人は電話の相手に説明して電話を切った。


「……市太郎よ」

「……私も後処理を手伝います」

「まずは現場に行くか……」

「お手数をおかけします……」


 二人は部屋を出て外に向かって歩く。同時にため息を吐いて頭を抱えた。


 日野ひまわりが妹の誘拐を知り得たのは、誘拐が白昼堂々だった事だ。

 誘拐現場の近くで同じ学校の日野の友人が目撃しており、そのとき日野エマと現道優と女性一人が車に乗せられる現場を一部始終見ていた。

 そして誘拐が後輩と友人の妹だったので、電話番号を知っている日野ひまわりに連絡を取った。

 ……普通は警察に連絡するのだが、本人は混乱をしていた様だ。

 その時の日野は特殊探索者として新家リナと探索者チームと一緒に特殊ダンジョンで鉱石の発掘作業をする予定だったが、日野に電話がかかり、エマと優と綾乃が誘拐された事を知った。


「リナ! エマと優達が誘拐された! オレは助けに行く!」


 日野はリナに伝えて、探索者チームの一人が乗って来たバイクを強引に拝借する。

 リナはバイクにまたがる日野に、


「誘拐ってどういう事なの! みんな何処に連れて行かれたの! っていうか探索用装備を外しなさいよ! 警察に捕まるわよ! 無視して行くな!!」


 リナの言葉を聞かずにバイクを走らせる日野。

 そして探索者チームのリーダーが、


「……なあ、どうするんだ? ダンジョンに入るか? 普通は警察かそれに準ずる人に連絡するが」


 リナは姉であり教師である新家メイに連絡を取ろうとしたが、


「充電が切れてる……」


 姉の電話番号を記憶してないリナは途方に暮れた。


「……車に充電器があるから、それで充電させて連絡すれば良いのではないか?」

「そうだった! ありがとう! だから充電器貸して!」


 五分後、電話が出来るくらいに充電量が溜まったので、リナは姉に連絡をして説明をする。


「日野がエマと現道を助けに行ったと。バイクに乗って拳銃にスタングレネード数発、スタンガンにスコップとつるはしを装備してか……。警察に捕まるぞ」

「どうしよう、お姉ちゃん!」

「……山田に連絡しておくから、リナは日野の分までダンジョン探索頑張れ。ノルマ達成しておくこと」


 返事を聞かずに電話を切るメイ。

 リナは日野の分まで発掘作業量が増えて途方に暮れた。


「……なあ、そろそろダンジョン探索に行かないか? 今日中にノルマ達成できないぞ?」


 リナは唸りながら思う。誘拐犯を恨むべきか、ボイコットした日野に恨むべきか。結論は、


「政治が悪いから! 私が大変な目に遭うんだ! 消費税が上がったのも! 発掘ノルマが増えたのも! 彼氏が出来ないのも! 可愛いい服が売り切れたのも! 全部政治が悪いんだ!」

「……なあ、嬢ちゃん。そろそろ探索に行こう、な。オレ達も可能な限り手伝うから、な」

 探索者チームに連れられてダンジョン探索に入るリナは、不平不満をダンジョン内でも吐き続けた。

 日野はバイクを運転しながらGPSを起動させた。そしてエマの居場所が分かった日野はバイクの速度を上げた。

 安全の為にエマには内緒で靴に発信機をつけていた日野。


「待っていろよ、エマ。絶対に助けてやるからな!」


 日野はまだ知らない。思春期の女の子に発信機を着けていた事がバレたら、どんな目に遭うのかを。

 しかしそれでも日野はエマの居場所へ走り続ける。

 たった一人の妹の為に。

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