第55話 誘拐④

 時間は優とエマと綾乃が誘拐されたときに戻る。

 綾乃の時計に付いている機能の一つ『大至急応援求む』の緊急信号を受けた綾乃専用警備チームはGPSで綾乃の居場所を探し出し、緊急時にしか使えない時計に付けてある盗聴器で誘拐された事を知った。

 そして綾乃以外にも優とエマが誘拐された事を知り、警備責任者は伝風寺家に連絡を取る。

綾乃の両親は現在海外出張なので、伝風寺仁一朗に連絡を取り説明した。


「……なるほど、分かった。大至急綾乃達を救出しろ。我々も綾乃達が居る場所へ向かう」

「……またですか? 仁一朗さん」

「まただ、市太郎。これで未遂合わせて十五回目の誘拐だ」


 仁一朗と市太郎はダンジョン管理省の特殊探索班の部屋で、財閥とギルド蛇使いの笛の後始末について相談していた最中に、綾乃が誘拐された事を知る。


「我が妹はどうして誘拐されるのだ? 体が弱かったときは誘拐などされなかったのに……」

「魔力結晶化の手術後数日後に誘拐されましたからね。綾乃嬢は眠らされていたから覚えていませんが、あれが最初の誘拐でしたね……」

「綾乃が怖がらない為に誘拐を隠していたが、今では二ヵ月に一回ペースで誘拐されそうになるからな」

「そうですね。お陰で綾乃嬢専用の誘拐警備チームが出来上がりましたから。……それで綾乃嬢は大丈夫ですか?」

「今回は現道優と日野エマが一緒だった時に誘拐されている」

「優君とエマ君も一緒に誘拐されたのですか?」


 市太郎は綾乃だけではなく優とエマが誘拐された事に驚く。綾乃の誘拐に関しては『またか……』と思う程度だったが、二人が誘拐されてされた事で目の色を変えた。

 しかし市太郎は誘拐されていても優達が無事に帰っていると信じている。

 そして市太郎は優がこの程度の事件で死ぬはずがないと確信している。


「おや? 婚約者よりも心配している様だな。そんな薄情者に綾乃は相応しくないと思うが、お前はどう思う? 婚約解消が妥当ではないか?」

「この程度で婚約解消出来るなら、当の昔に解消になっています。他の解消法を考えてください」


 仁一朗は何度も市太郎と綾乃の婚約解消を提案したが、結果は惨敗で何度も何度も綾乃や両親と相談しているが惨敗記録更新中である。


「お前が確固たる意志で拒否すれば良いだろう! 婚約破棄しろ!」

「父親に『娘を傷物にしたから結婚』と言われ、母親から『女心を直視したから責任と取れ』と言われています。どうすれば良いかと仁一朗さんにも相談しているでしょう」

「傷物って手術だから仕方ないだろう! 心の直視は心臓手術だから当然だろう!」

「……私が説得しても無理だったので仁一朗に頼んでいるのです。説得出来そうですか?」


 仁一朗の説得は失敗し続けている事を市太郎は知っている。それでも藁をも掴む気持ちで仁一朗に最後の希望を託した。しかしその希望は成果が出ていない。


「……どうして綾乃の婚約を拒んでいる? お前に、いや普通に考えたら良い事だろう」


 綾乃と婚約。将来は結婚して伝風寺財閥の親族となる。病弱な綾乃が健康になると綾乃に面会を希望する者が増えた。その大半は綾乃と結婚して伝風寺財閥に加わる為。

 しかし山田市太郎は拒否する。綾乃と結婚すれば将来安泰なのに。


「私は一般市民です。それに彼女とは釣り合いません」

「そのような建前はいらん。ダンジョン管理省事務次官補の息子で、ダンジョン管理省や上位探索者と付き合いがあり、特殊探索者第一人者のお前が一般人であるはずないだろう」


 仁一朗が市太郎と会ったのは、綾乃が十四歳の時、約二年前。

 そのとき仁一朗は大学卒業後で親の会社で働いていたときだった。

 綾乃は魔力結晶化病という魔力が結晶化する病で、二十歳まで生きる事が出来ないと言われて、両親は綾乃を助ける為に全力を尽くしていた。

 そんなときに綾乃を救える方法があると両親から聞いて、その医者である入道護道と一緒に来たのが中学生の山田市太郎だった。

 市太郎は入道と一緒にアンチマジック能力を皆に説明したが、魔力を消して結晶化を治療する方法に懐疑的な両親と仁一朗は治療を拒否した。

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