04 戦略の見直し

「普通の銃弾では、悪魔に効果がないと?」

『ええ、リアナ少尉からの報告では、拳銃を打ち込んでも、損傷は一つもなかったと。』

 アマクロス帝国西部戦線第4小隊基地の会議室。

 清潔そうな全体が白い部屋になぜなのか一つしかない木製の長机に置かれたpc(ノートパソコン)と向かい合い、アズハ・クロス参謀長は、目を細めた。

 リアナ・クロスとは、叔母にあたる。

 端正な顔立ちをしており、リアと同じ紅目こうもく、ただ紅髪こうはつをしている。

 雰囲気は、まだ参謀長に就任してから数週間ほどだというのに、何年もしているベテランのよう。

『スライム状の悪魔はどうやら、排水溝を通して内部を侵入していたようで、それが原因で取調室にいた警備員は全滅。しかも透過能力があり、リアナ少尉も、拳銃で応戦しましたが何の効果もなかったようです。』

「悪魔には、能力を行使するものがいる。そのことを知っているのになぜ、いまさらながらに言う?」

 いまさらのように言う、報告しているまだ若い男性の士官に疑問を呈する。

『透過能力が、不完全なものを悪魔が、なぜ送り込んだのか、判断しかねて……』

「不完全……だと?」

 眉根を寄せる。

 確かに完璧な能力であれば、単独で侵入しても、リアの所属する基地を制圧するにもそちらのほうが容易い。

 なのに送り込んできたのは、不完全な能力しか持たない悪魔だった。

 否、そもそもなぜ、わざわざ排水溝を使った?

 廊下を使えば、巡回していた警備員を排除することすらできたはずなのに、なぜ、それを行わず、取調室に向かった?

 目的は、取調室にあったのか?

 否、あそこには特に悪魔にとって脅威となる存在、高価値となる存在はいないはず―――?

「取調室にいたのは、誰だ?」

『え?いえ、警備員数名と取り調べを行っていた検察、あとは、リアナ少尉だけだったんですが……あ。』

「どうした?」

『い、いえ。そういえば、クロム・サタンと名乗る悪魔が、取り調べを受けていました。』

「悪魔……?」

 なるほど。奴の狙いは、悪魔の鹵獲か、それとも、救出か。

「それで、その悪魔は今どうなっている?」

『一応独房に収容しています。ですが、あまり効果はないようです。』

「具体的には?」

 すると、士官が、呆れたような表情になった。

『金属全般を自在に変形することができるようですが、一時間ほど前、様子を見に行った看守が言うには、念のためつけた、南京錠を、溶かして粘土代わりにして遊んでいたそうです……』

 ……は?

 耳を疑った。牢獄の中にいて、しかも、金属を溶かす能力があるというのに、それを使っての脱獄ではなく、おもちゃを作ることに使っている。

 どんな神経をしている?

 悪魔は、みんなそういうやつなのか?

 呆れと、疑念を交えた目で、pcに向ければ、pc越しに映っている士官は、肩をすくめて見せていた。



『アルファより各戦線にいる指揮系統型ガンマ・リーパー各位に伝える。』

 何があった。たかだか一人の人間を殺害するだけの任務だというのに。

 わずかに不審を、緊迫に混ぜ込んだような声音で告げる。

『レザード・リーパーからの通信が途絶した。死亡したと推定される。』

 通信機の類は一切持ち合わせてはいない。

 悪魔たちには、それは不要だからだ。

 その証拠に、すぐに他の戦線区域に配置されているはず、ここにはいないはずの悪魔から反応が返ってくる。

『ダメでしたか。あの悪魔は、でありましたが、ベータ・リーパーでも、珍しく見込みがあったというのに。』

『馬鹿な。慎重に、情報を完璧にチェックし、計画を立て実行することを常に行うあのものが死ぬはずがないでしょう。』

『相変わらず過大評価しすぎてるな。完璧すぎているからこそ負けることも、あるでしょう。』

『あるいは何か想定外なことが起きてしまい、死亡したか。』

『想定外、といえば可能性としてはあります。』

『想定外?心当たりでもあるのか?』

 何か意味深のような言葉を紡いだ、悪魔に怪訝になり、問う。

『先日、神域の森から、一人の悪魔が現れ、その悪魔が、アマクロス帝国の戦線付近の森をうろついていたという情報がありました。

 その悪魔は、人に味方をしていたと。』

『人間に味方していただと?』

 再び不審げな声音が出る。

 当たり前だ。聞いたこともない。

 悪魔が人に味方するなど。

『はい。その悪魔は、撃破されたはずのアマクロス帝国軍をすべて動かしていたことから、金属を自在に動かす、もしくは、ものを自在に動かすことができるという見解が出ています。しかし、神域の森にすむ悪魔は、今までどのような能力を持っているのかもいまだに不明。もしかしたら我々をせん馬手することが可能な、あのものと同等なのかもしれません。』

『黒き化身……と同等なのかはまだわからないのだろう?』

『おっしゃる通りです。もしかしたら、我々から見れば、蟻同然ほどの強さなのかもしれませんね。』

『その蟻同然の者が、あの悪魔を殺したのだろう。どちらにしても脅威になる可能性は否定できない。一度探りを入れたほうがよさそうだ。』

『では、誰に探りを入れるのですか?』

 しばし躊躇うものの、すぐに、冷徹な、悪魔の威厳を備えて声音で返す。

『今、○○○連合に配置されている、あの悪魔に探りを入れてもらおう。』

 すぐにそこにいるらしい指揮官から疑問が上がる。

『しかし、あの悪魔は、まだ戦闘の経験を十分に詰めていませんが?』

『それでも、隠密に長けているのはあの者しかいない。堂々と侵入をすれば、探る前に返り討ちに合うのがオチだ。』

 そう返し、ふと、空を仰ぎ見た。

 いつの間にか夜になっていた。

 でも、その夜が異様だった。

 月が、赤い。

 まるで血に染められたかのような月。

 一つ、嘆息した。

 何かの美しさに見惚れたかのように。

 片手を、空に突き出す。

 誰かの背を追い求めるように。

 遠くに行ってしまう誰かに未練があるかのように。

 でも、突き出された手は、何かをつかめることもなく空を切るだけだった。

 黒い、泡立ったかのような形をした、醜い腕と、いびつな形をした不格好な鍵爪。

 前まではこんな手にはなってなかった。

 もう戻ることはないだろうと思いつつも、一言、発した。

『これより、交信を終了する。各自、いつも通り、兵力を温存しつつ、できる限り、戦線を突破し続けろ。』

『了解。』

『かしこまりました。』

『承知いたしました。』

『了—解。』

『一兵たりとも逃さず滅ぼしつくすよう努めます。』

 ……

 一人になったことを確認し、一言、つぶやいた。

「……神域の悪魔か……」




「んんん?今、誰か私の噂をしていたような……?」

「……あー。参謀長もしれませんねー。」

 もう投げやりになった、看守の声を聞き、クロム・サタンはやりすぎたかと反省しつつ、薄く笑った。

(面白くなってきたな。)

 人は心が脆い。どれだけ分厚くからで覆っても中は脆すぎる。

 その人間が相手しているのが、心の中にある脆い部分を責め立てるのを好む悪魔に抗うなど、滑稽なほかない。

 それだけでなく、押し返しつつある国もある。

 先が読めない、圧倒的に不利で、数億ぐらいしかいないはずの人間が、何兆ともいえるほどの悪魔の軍勢を押し返している。

 それに。

 あの男がなぜ自分が背負っているはずの国ではなく娘を守ることを契約の内容にしたのか、それを知りたい。

 その前に。

「帰った瞬間にあいつらに殴り殺されるかもしれないからここにいるんですけどね。」

 ぼそりと、小さくつぶやいたつもりなのに、看守は聞こえていたらしく、んん?と眉根を寄せている姿が、視界の端に映った。




「まあ、あの悪魔、クロム・サタンといったが、そいつについての処遇は、後回しにしておくほうがよさそうだ。」

『なぜですか?そのままにしておけば悪魔が、われわれの情報を盗んでいるも同然ではないのですか?』

「それなら尚更ほったらかしといた方が良さそうだ。今の現状では、それどころではない。」

『それは、いったい何でしょうか?』

「とぼけるのが下手だな。もう分っているのだろう?最優先事項が何か。」

 そう返しながらも、いつの間にか机に置かれている、書類に目を向け、己の国に革命を起こすかのように、凛と紡いだ。




「戦略の見直しを行わなければならない。今の状態では、こちらが悪魔に喰いつくされる一方になり続けるだけだからな。」



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