03 金属を自在に使う悪魔
「あ、ついでに言うとですね。悪魔を一匹鹵獲したんですよ。」
「……はあ⁉」
機体の整備や修理をする格納庫の中、整備班の一人が、リアナ・クロスことリアに、川で遊んだついでに、魚も捕まえてきたみたいに、さらっと、かなり重要な情報を出す。
若い、男性。
散切りに刈り取った頭に黄色のめるめっとを被り、帝国ならではのビニール製の青い作業服を着て手には、タブレット端末を持っていた。
ちなみにリアは、王室が着る藍色の、コンバットシャツ、BOUパンツ、タクティカルブーツのみを着ている。(いかにも軍人が着てそうな姿。)
他にもニーパッドやらミリタニーバンダナやらやらわけのわからないものはあったが暑苦しいからと、全部自室に置いてきている。
要は、軍人が、戦闘服を、トレーナーとズボン、靴みたいにしているのだ。
それはともかく……
「今なんて言った?」
「あ~~~。戦闘が終わった後、ライゲキや戦死者の遺体を回収しに行ったときに、悪魔がいたので、慌てて、戦闘員四で投降を呼びかけて、警戒したんですけど、」
「それで?」
「その悪魔、以外にも抵抗はしない、すんなり投降した、拘束具をかけても平然としているんですよ。」
ちなみに拘束具とは、金属で造られた手かせのことである。
リアは、訝しんだ。
抵抗をせずすんなりと投降した。
明らかに挙動不審。
人間なら、抵抗するはずだ。
投降したとしても平然としていられるわけがないのではないか。
何か、目的がある?
同じように考えたのだろう。
整備班も、眉根を寄せていた。
「ああ、今、尋問をしているみたいです。」
「そうか。」
脱走して、国を乱すようなことをしなければ良いが……。
とりあえず頭の隅に置き、リアは、真剣な表情に変わり整備班に聞いた。
「それで、ライゲキのほうはどんな感じだ?」
「え?あ、ああ、ライゲキの状態なんですけれど、対物狙撃銃は、邪魔になるだけのようなんで、棄却、……取り外して、20mmガトリング砲をつけるそうです。
高周波ベルトには、損傷が一切見られていないですね。
ただ、ワイヤーアンカーを追加するみたいです。他は特に、問題はないみたいです。」
「高周波ベルトの報告をしたのはなぜだ?」
「あーーーまだ、内部の様子がわかんないみたいなんで、外側のみの情報と認識してほしいかな……?」
「……そうか。」
機体のほとんどが、損傷していないほどの性能を持っている。
そのことに少しだけ、関心した。
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自室に戻る前に少し、尋問の様子を見よう。
そう思い、尋問が行われている、取調室に足を運ぼうとして、ふと、足を止めた。
自室の前に、子供がいた。
まだ幼い。
3~5ぐらいの背丈に、銀髪。
目は、青い。
一見、女の子に見えるが、実際は、男の子だ。
「ツィスタ。」
リアが声をかけると、ツィスタと呼ばれた子供は、とてとてと、うれしそうに顔をほころばせながら駆け寄ってくる。
ツィスタ・マグナロス・イエロトゥーダ。
アクア連邦の、大統領の息子だ。
母親を病で亡くした時、父親は、仕事に忙しかったため、帝国に、養子として迎えられた、子供。
帝国がどんなところなのか見たいといった、ツィスタの希望にこたえようとして。
リアは、ツィスタを抱き上げると、柔らかな頬に、白い、ほっそりとした指でつつきだした。
「どうしたんだ? こんな遅い時間に。」
「お母さんが、ねえねにこれ渡せって。」
差し出されたものを見て、少しだけ目を見開いた。
渡されたのは、何かの文字が、裏に彫られている、銀の腕輪だった。
帝国内では、銀は、魔除けとされている。
万物を跳ね返すとも。
おまじないなのか、それとも、悪魔から守ってもらうためなのか、いずれにしても、心配していることに、少しだけ苦笑する。
「ありがとう。帰りは、おじさんたちに送ってもらおうか。」
「んにゅ。ふあぁ。」
眠そうにあくびをするツィスタに微笑みかけながら、ちょうど通りかかった、警備員に、預け、良い子にしてるよう、念を押して言いながらその場を後にする。
取調室に続く階段を降り、取調室の隣の部屋に入り込む。
中には数人の、警備員が、アサルトライフルを手に、持ち、モニターを凝視していた。
リアが入ってくると、その人たちは、会釈をしたものの、またモニターに視線を移す。
リアも、モニターに映る尋問の様子を見た。
取調室の中では、同じようにアサルトライフルを持った戦闘員二人の前に、スーツを着込んだ、捜査員が、悪魔に尋問をしていた。
人間が悪魔を尋問……。
一方の悪魔は、異様な姿だった。
人の姿をしている。
どこかの貴族に仕えているかのような、執事の格好をしている。
そこまではまだいい。
だが、手が、鈍い銀色の金属光沢を放ち、猛禽類を思わせるかぎづめを持っている。
目は、人間であれば白いはずの部分が、黒く、冷い印象を思わせる青が瞳のなっていた。
『もう一度聞く。クロム・サタン。おまえは何を目的で、われわれに侵攻してきた悪魔の軍勢を食い止めようとした?』
『言ったはずです。オルガ・クロスと契約をしたからだと。』
『その契約の内容は。』
『それは誰にも話してはいけないというのが我々悪魔の決まりですよ……』
何だ……と?
リアは思わず、モニターに映る悪魔を凝視した。
「オルガ・クロス……だと?」
「ええ。リアナ様の父君です。」
「確か、地下で謎の死を遂げた……と。」
やはり。
オルガ・クロス。
帝国の皇帝。
リアの父親。
戦争が始まって数日後、行方知れずとなっていた。
長い捜索の結果、王宮の地下室で、死体となっていた。
死因は、不明。
特に何の外傷も、なく、死亡推定時刻は、行方知れずとなった日の4時ごろ。
ただ、腕に金属が直接付着していた。
それだけしか手掛かりはなく、捜査は難航で、未解決のまま終わった。
リアは、思案した。
もし、この悪魔の言うことが本当なら、父の死は、納得がいく。
契約では、自分の命と引き換えに、成立するのだから。
『では質問を変える。……お前は、アクア連邦の手先ではないのか?』
『仮にそうだとしても証明することもできませんが……。敵味方の区別は、つけづらいのではないでしょうか。』
『……』
『現に今、アクア連邦……でしたっけ?その国をのっとた、悪魔と戦争をしているのでしょう?敵味方を訪ねるのは、無意味ではないですか?』
ぐっと、捜査員は、言葉に詰まる。
悪魔と戦争をしている。
だから、敵味方を聞いても、うそをついている可能性もあるがために、ここでは無意味だ。
『……では、お前の契約した内容は……この国を守ることか?』
『それは違いますよ。この国がどうなろうと知ったことではありません。契約をしていなかった場合、傍観に座していましたよ。』
淡々と、答える悪魔。
捜査員も、焦ったような表情になりだしてくる。
『では……』
次の質問を出そうと口を開きかけた時だった。
突如、何者かの侵入を知らせる警報が、部屋中に響き渡る。
『レザード・リーパーより、我が主。』
格納庫の中、そいつは動き出す。
欺瞞成功。
『侵入に成功。これより、制圧を開始する。』
まわりには、作業員の無残な遺体。
ある者は、腹から下が消し飛び、隣の者は、首が、ない。
中には、背中を広くえぐり足られ、背骨がむき出しの者や、ほとんど原形をとどめないほど、ぐちゃぐちゃに混ぜ込まれたような姿になった者もいる。
抵抗しようとしたのだろうか。
携行拳銃を、手にした作業員が、粉砕機に下半身を飲み込まれた状態で死んでいた。
旧アクア連邦から着た悪魔だった。
姿は、光沢のある黒いスライムのような液体質の体に目と思しき穴が二つ空いているだけだ。
アマクロス帝国の、機体の残骸の中に潜み、侵入したのだろう。
1機の残骸が、二つに引き裂かれていた。
悪魔は、鉄格子に覆われた、配水管に、入り込む。
『まずは、下からだ。』
即座に、取調室周辺に、侵入されたときに、排除を担う、機動部隊の数人が、集まり、下の階に続く道がすべて封鎖される。
なるべく、場所を絞り込み、被害を最小限に減らすためだ。
今頃上の階も、機動部隊が、警戒に当たっているだろう。
警備員は、建物の外にいる人たちを、なるべく遠くに避難させるのが目的だ。
そのため、アサルトライフルと携行拳銃、防弾チョッキ以外の武装はない。
一方、機動部隊は、軍人と似た格好をしているもの、暗視ゴーグルや、ガスマスクを装備し、全体を黒に染めている。
武器は、ロケットランチャーやバズーカー、照準レーザーと、ドラムマガジンを追加した、アサルトライフルなど、軍人よりも幅広い。
今回、取調室周辺にいる機動部隊は、アサルトライフルやサブマシンガン、ショットガンを中心に、連射式、もしくは、散弾(一発で、周囲に、弾丸をばらまく弾)系の銃を持った人だけだ。
『どれだけ、警戒しても、上からは来ませんよ?』
『ええい。黙れ!』
とうとうモニターに映っている捜査員がキレかけた直後、機動部隊が突如、倒れこんだ。
『……は?』
数分遅れ、そのひとが、血を吹き出しだす。
悲鳴は上がらなかった。
何が起きたのかわからず、だれもが動きを止めた。
―――瞬間を狙って。
取調室の隣に位置する部屋、リアたちがいる部屋のモニターがすべて、ブラックアウトを起こす。
同時に、床をけ破って、スライム状の悪魔が、姿を現す。
同時に、中にいた機動部隊、警備員が全員、倒れた。
今度も、全員……即死だった。
リアは、携行拳銃を引き抜き、スライム状の悪魔に銃口を向ける。
初弾は事前に装填済み。
迷わず引き金を引き絞る。
発砲。
打ち出された弾丸が、スライム状の悪魔に、当たり、―――すり抜ける。
「……⁉」
さらに、二発、三発、撃ち込む。
が、結果は同じだった。
物理透過能力。
悪魔の持つ、能力は様々。
しかし、同じ能力を持っていても、微妙に違う。
例えば、火を使う悪魔が4体いる。
しかし、同じ火ではなく、それぞれ異なる火を用いる。
中には、完全な能力を持つものだけでなく、不完全な能力を持つ悪魔もいる。
今、目の前にいる悪魔は、物理透過能力、―――物体を透過、すり抜けさせる能力を持っている。
ただし、完璧な能力か、そうでないのかは不明。
それでも、拳銃は、効かないのは変わりがない。
それならばと、リアは、即座に、ブーツの中に、隠していた―――コンバットナイフを取り出す。
せめて、不完全であることを祈りながら、スライム状の悪魔に、コンバットナイフを構えた。
瞬間。
突如、視界が暗くなる。
「そんなに簡単に死なれては困りますよ。」
いつの間にか、尋問を受けていた―――クロム・サタンと名乗った悪魔が、リアをかばいこむように、冷徹に、佇んでいた。
視界が黒くなったのは、彼の黒い背中にさえぎられたせいだ。
そしてその先の光景は、信じられないものだった。
先ほどのスライム状の悪魔に、どこか滑らかさのある銀色の金属の棒が二本、槍のようにして串刺しにされていたのだ。
『―――⁉』
無音の悲鳴が、轟く。
それだけで、リアは、無意識に身を震わせる。
「久しぶりですね。自分の体から金属を生成するというのは。」
スライム状の悪魔が、反撃をしようと、体から、ぬめりけのある、触手をはやし、サタンに襲い掛かる。
しかし、それでもサタンは、平然と、左手を突き出す。
すると、そこから、銀色の液体が、出現する。
体からでもなく、どこからともなく、だ。
液体はやがて、自ら形を変え、槍の姿となる。
槍は、空中に上り、サタンの左肩の上で動きを止める。
「銃弾よりこれが欲しいか。」
サタンが左手を、振りかぶると、槍は、サタンの左手に追従する。
そして、投げ入れるかのように、左手を振り下す。
すると、槍は、一直線に、スライム状の悪魔の触手を一瞬で、吹き飛ばす。
槍が、摩擦により、白く燃え上がる。
それだけにとどまらず、スライム状の悪魔に、投げ込まれた槍が、突き刺さり―――そのまま横に自ら吹き飛ぶ。
銃弾の中には、着弾すると同時に、自ら弾が、横転するものが存在する。
あらかじめ中を空洞にした弾は、着弾と同時に自ら変形し、一直線に飛ばなくなる。
そうなれば後は、弾自体が、横に吹き飛び、残った運動エネルギーが、対象に余すことなくぶつける。
そうすると、被害が最小限になる反面、対象を破壊する力が、大きくなる利点がある。
おそらくそれを応用したのだろ。
あらかじめ槍の中を空洞にすることで突き刺さると同時に自らつぶれ変形させることで横転しやすくなる。
しかし、目の前でスライム状の悪魔を突き刺した槍は、それだけでは終わらなかった。
ジュッと何かが焼ける音ともに、スライム状の悪魔が、炎に包まれる。
槍が、マグネシウムでできていたのだ。
可燃性の高いマグネシウムを、槍の素材として使ったことで、貫通だけでなく、さらに、悪魔が燃え上がる。
しかし、それだけではなく、スライム状の悪魔の体にも、燃え上がらせる原因があった。
体自体が可燃性だったのだ。
『——— ——— ———‼』
無音の断末魔を上げ、スライム状の悪魔がのたうつ。
リアは愕然とした。
あまりにもあっけなさすぎる。
銃弾が効かなかったのに、炎とマグネシウムの槍だけで、あんなに苦しんでいる。
否、同時に違和感を覚える。
マグネシウムは、確かに可燃性が高い。
でも、摩擦だけで燃えるのは、あまりにもおかしい。
槍の速さは、摩擦で燃え上がらせるときに打ち出す速さよりもはるかに遅かった。
あれだけでは、いくらマグネシウムでも燃えない。
では、どこからか。
しかし、それを考えるよりも早く。
燃え盛っていたスライム状の悪魔が、黒いシミのようなものを残し、消え去る。
死んだのだろう。
でも。
リアは、クロム・サタンに視線を移す
ようやく分かった。
なぜ、警備員が目の前で殺されても助けに来なかったのに、自分が殺されそうになった瞬間に助けに来たのか。
契約の内容は、おそらく自分自身の身を守るように、なのだろう。
そのことに気づき、知らず自嘲する。
大人になったつもりだ。
なのに、まだ子供のままだった。
なぜ、一人でも助けようとしなかった?
ただ見ていることしかできなかった。それは、なぜ?
まだ心が子供だからだ。
どこまでも、ただ、多くの市民を守りたいから、姉や母の反対を押し切って軍人となったのに……このザマだ。
「あっけない。どこまでも、この程度というのですか。」
クロム・サタンは呆れたとも失望したともわからないような声音でつぶやいた。
無表情のまま。
幼いころから、ある場所の外にも、同じ悪魔がいると聞いていた。
期待したというのに、この程度……否。
あさましくも湧き出てきた感情を振り払うかのようにかぶりを振る。
まだ知能も持たない赤子程度なのかもしれない。
まだ強い悪魔がいるのだろう。
それに、―――
クロム・サタンは、腕の中にいる、まだ若い女性に視線を落とす。
姫君と聞かされている。
その子を護れ。
そう言われ、外に出るいい機会だと思い、契約を交わした。
いずれ、いずれこの姫君を守り続けているうちに出会うかもしれない。
己の想像を超えた、魔王とやらに。
知らず、口の端を上げ、にぃと嗤う。
残虐を秘めたその笑みは、まさに悪魔だった。
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