01 亡霊の戦闘機

 昼を超えたであろう、雲一つない空の下、燃え盛る炎と、閃光、ありとあらゆる轟音と振動が、はっきりと視認、聴覚することができる荒野の中、ステルサーと呼ばれる帝国の幹部は、押し寄せる敵の背後に回り込もうと、先頭の少なくなった、岩肌の上をすべるように移動していた。

 ステルス機特有の水平型の機体、翼と思われる個所には、ミサイルを左右三発ほど埋め込まれ、地上すれすれを、音速に近い速度で滑るように突き進む、ステルサー。

 灰色の機体(?)なのか、中距離型の誘導ミサイルで挟まれた、バルカン砲の下から、にょきにょきと足をはやしたかのような奇妙な姿をしたおよそ300機ほどのアクア連邦産の無人機に囲まれた、指揮官機は、ステルサーの存在に一切気づかない。

 その間に、ステルサーは、敵の背後に回り込む。

 照準。

 ミサイルがほんの少し、突き出る。

 瞬間だった。

 突如、警報装置が作動し、背後から攻撃されていることが知らされる。

「⁉」

 慌てて回避を試みようとした。

 それを狙い。

 背後からの砲撃音と発射音とともに、上空から、榴弾砲の雨が、背後から、どうやって飛ばしたのか、ミサイルの群が、殺到する。

 ミサイルは、数発しか当たらなかった。

 だが、榴弾砲は、面積が広い上の面に、ほとんどが突き刺さる。

 即時機体放棄。

 自動的に、機体から中に乗っていたパイロットは外にはじき出される。

 ただし、空中ではなく、地面へ。

 同時に、機体が爆発。

 閃光が、視界を白く染め上げ、爆発音が耳をつんざくかのような重低音を響かせる。

 パイロットは地面にたたきつけられ、爆発した機体の残骸は、四方八方へ飛び散る。

 爆発が止むと、無人機がパイロットを囲みこむ。

 パイロットは、最後の武器である、否、自害用の、リボルバー式の、拳銃を抜く。

 そして、ヘルメットを脱ぎ捨て、自分のこめかみに銃口を向け、

 撃破されたはずの友軍機が動き、無人機になだれ込むように攻め込むのが、ほぼ同時だった。



 暗く、湿っぽい部屋の中、同胞から送られる戦場の様子を見つめ、一人の青年がため息をついていた。

 なぜ、人間は見えない?

 分かりやすく、堂々と、ミサイルランチャーを搭載し、こちらに向けているというのに。

 やはり、人間というのは、変わった生き物だ。

 呆れているはずなのに、なぜか、冷えたように、嗤っている。

 そして、戦況をひっくり返すべく、男は、指を鳴らす。



『こちらランチャー。ステルサーが撃破されました。連邦軍が、全身を再開します。』

 ああ、畜生。

 内心悪態をつきながら、ランチャーと名乗るパイロットは報告をする。

 まわりはすべて、友軍機の残骸。

 生き残ったのは、彼一人。

 これでは、最後の戦線基地が、陥落する。

 そう思いつつ、敵を待ち構える。

 繰れば当然負けることは承知している。

 それでも、最後まで、国を守る維持を示そうと、とどまる。

 ふと違和感を覚える。

 何かが足りない。

 戦場には、死体のほかに、壊された機体も転がっているはず。

 そのはず、だった。

「は?」

 まわりには、死体がある。

 でも、

 あり得るのだろうか。否、そもそもあり得るはずがない。

 少なくとも帝国には、残骸のみ回収できる都合のいい機体などない。

 普通帝国で優先的に回収されるのは遺体で、他は例え、どれだけ重要な、データも、後回しできるよう、バックアップされている。

 では、なぜ、残骸のみ消え去った?

「悪魔の仕業か?」

 悪魔、誕生した理由も、暮らしも、どこから来たのかもわからない、未知なる、人間。

 それぞれ特有の能力を持ち、あるものは炎を、あるものは嵐を、地形変化を、毒を、など、自然の力が主で、人工物の力を使える存在はごく一部という。

 人間に攻撃的な存在が多く、友好的な存在はごくわずか。

 友好的な存在と契約を結ぶことはできるものの、仮に結べば、結んだ者の心と、引き換えに成立する。

 そして、契約を実行、もしくは終了したとき、悪魔は、なぜなのか、封印として眠りにつく。


 不意に、レーダーが敵機を検知、即座に戦闘態勢に入り込む。

 といっても、今の状態は、非常にまずい。

 友軍は全滅し、弾薬はかろうじで数十発残った程度。

 おまけに、燃料は、6パーセントと少ない。

 ―――ま、いざってときは、死体になって、あとで仲間に拾ってもらえれば済むし―――

 今すぐその思考を捨てやがれと、もう死んだ友人の言葉を思い出しながら、敵を迎撃しようと、照準器を向ける。

 その時だった。

 突如、ぼろぼろの、金属を適当にくっつけたような物体が立ちふさがる。

「……な……⁉」

 驚愕をし、慌てて打ち込もうとし―――気づいた。

 突如消えたはずの友軍機の残骸、そして、敵機に向かい前進していることに。

 残骸の隙間からは、中に入っていたパイロットの、体の一部が、見え、血が流れていた。死んでいるのだろう。

 敵機が気付いたのか、慌てたように、バルカン砲とミサイルの発射音が、それらが地面にたたきつけられてゆく轟音と衝撃が奔る。

 残骸が、死体から切り離された、内臓や、手足ごと吹き飛ばされる。

 そして、目の前に、首がべしゃりと、落下してくるのを、見、恐怖へと、引きずり込まれてゆく。

『ラ、ランチャー。どういうことだ?友軍機が、全部動き出してるぞ!』

 管制室で見ていたらしい、指揮官の困惑した声が、聞こえてくる。

 だが、恐怖に縛られてしまったパイロットには、残骸から聞こえるうめき声にしか聞こえない。

「……ぁ……あ、ああ、ああ」

『どうした!何があった⁉』

 不意に、指揮官とは違う、若い女の人の声がする。

 それでも、パイロットには届かない。



 恐怖に堕ちているのは、敵軍も同じである。

 指揮による統制が取れない。

 畳みかけるように撃破されたはずの機体が次々に動き出し、飢えた猛獣のように襲い掛かってくる。

 撃破したステルス機から出たパイロットを鹵獲することも、進軍することも、できない。

 いつの間にか、鹵獲しようとしていたパイロットも消えた。

 半ばやけくそに、敵機は即座に要請する。

 ―――スコーピオンより、指揮官。撃破したはずの機体が動き出した。直ちに、対処を求める。

 ―――まるで、亡霊のようだ。―――

 ふとそんなことを考える。

 死しても己の国を守ろうと、死んだパイロットの霊がとりついたような。



 いつの間にか陽は西に沈もうとしている。

 夕日に照らされている荒野に、一筋の光が走り出す。

 それは、帝国の希望を背負った、機体。

 そうして、戦場に降り立った、帝国の姫君は、ものも言わず、己の国に進軍しようとする敵機に突っ込む。

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