幸せへの第一歩②
『前の花嫁と一緒にもらった宝物の中に、おとぎ話の絵本があって……。その絵本にも俺と同じように、化け物だからって怖がられてる奴がいたんだ。でもその化け物はある日、運命の乙女と出会って心を通わせてた! そして二人は愛し合って……なんと、乙女の真実の愛のキスで化け物の呪いが解けて、化け物じゃなくなったんだよ! だから、だから俺もいつか、あんなふうにって……!』
まるで思春期の少女のようにうっとりと澄んだ瞳を輝かせて、理想を語るのは動く汚泥こと腐敗公。
腐敗公はリアトリスに自分の事を話してほしいと頼まれると、真っ先に自分の中で最も楽しかった記憶を掘り起こした。それは腐敗公なりにリアトリスと友好的な関係を築こうとした、精一杯の努力である。
リアトリスはそれを聞きつつ、うんうんっと優しそうに頷いていた。だが口を開いた途端…………悪鬼のごとき容赦のなさが発揮された。
「いや、無理でしょあんたの場合。少なくともあんたはさ、その姿じゃどうあっても無理だって。もう一回言うけど、無理。第一そのおとぎ話って、私も知っているけれどまずあんたとは前提条件からして違うじゃない? あんたは生まれつきだけど向こうは元々は人間で、しかも正体が王子よ王子。財力半端ないっつーの。それだけで多少欠点に目を瞑ってもいいくらいには魅力的だわ。ま、現実の王子がどうかって聞かれたら少なくとも私はクソって答えるけど、それはいったん置いておくとして。……話し戻すけど、それに比べてあんたはどうよ? 財力権力さっぴいても、あんたはさ、なんかドロドロしてて臭い上に普通に生物にとって有害な正真正銘の化け物じゃない? あの王子はさ、王子だけあって教養あるからひねくれた性格を直せば総合的に考えて超優良物件なわけよ。だけどあんたは性格は良さげだけど、物を知らないから常識の違いで何して来るか分からない怖さとかもあるし。うーん、まあとりあえず、あんたの理想に対する私の考えはこんな感じ? あ、怒らないでね。相互理解ってやつよ相互理解。何が言いたいかって、私にその夢物語を求めないでって話」
初めてまともに自分の身の上話を聞いてくれる相手とあって、意気揚々と自分の理想を語った。願わくば自分にとっての運命の相手が彼女であれば……そんなことすら思っていたのに、突き付けられた言葉は悪鬼が振り下ろした鉈のごとき代物。あまりのことに、怒るどころか衝撃に言葉を失う。
しかしリアトリスは腐敗公の様子など気にも留めず、自信満々に胸を張って自分の考えを主張した。
「まあ、話はそこで終わりじゃないから安心して! そこでこの私様なわけよ。いい? よ~く聞きなさい?」
(私様って言った……)
「つまりあんたが幸せになるためには、私に師事する事が必須事項なわけ! あんたの膨大な魔力と私の魔術があればだいたいの事が出来るわ。お互いに幸せになるための近道は、すぐ真ん前に転がっているのよ。世界はおとぎ話みたいに優しくない。その現実を見据えたうえで、最高の好機を逃す手はないわよね?」
そこでいったん言葉を切り、リアトリスは巨体に向けて手を差し出した。
「待ってても清らかで優しい乙女は来てくれないわ。でも、あんたには私が来た! この幸運を! 幸福を!! つかみ取りなさい!」
自信満々に自分を売り込んでくるリアトリスに、腐敗公は戸惑った。
何度も夢想し、いつかこうなったらいいと願っていた自分の夢。それを情け容赦なく砕いたと思ったら、力強く手を差し伸べられた。
この手を取って、幸せになれと。自分を幸せにしろと。
その動揺が現れたのか、腐敗公は体を激しく震わせた。すると普段よりも大量の汚泥がその体から噴き出て勢いよく地表に流れ落ちる。……その結果どうなったかといえば、汚泥の津波がリアトリスを飲み込んだ。
「おぶぐぁっ!?」
『わ、わあああああー!? ご、ごめん! あれ、どこ? 何処に行ったの? 返事してぇぇぇぇ!』
その後本日三度目の生死の境をさ迷いつつも、なんとか腐敗公が体から出した触手で回収されたリアトリス。
ぜえぜえと呼吸を繰り返す彼女を前に、腐敗公はその巨体を縮こまらせていた。
『ご、ごめん。本当にごめんなさい』
「い、いいのよ。ふふっ、気にしてないわ事故だもの……と思うことにするわ……」
『ごめんなさい……』
リアトリスは汚泥の海から脱した後、胃の中身をひとしきり吐いた。そして現在は粘性のある汚泥を水の魔術で落とそうとするも、うまくいかず四苦八苦している。
「ああ、ダメだわ。うまく汚れが落ちないし、第一こんな場所じゃ落ち着かない! ねえ、何処でもいいからここよりましな場所ないの?」
『そ、それなら俺の家に行く? 一応、俺だってお嫁さんに早死にして欲しいわけじゃないから、整えた場所があるんだ。……王子様のみたいな、お城では無いけど……』
「あーあー、いいって。お城じゃなくたっていいわよ。ここでそんなもの求めるほど馬鹿じゃないわ。じゃあ話をするためにも、まずそこに案内してくれる?」
『う、うん!』
人が初めて自主的に自分の住処に来てくれる。腐敗公はそれだけで舞い上がるような気持ちになった。しかも来てくれる相手は自分のお嫁さんだ。嬉しくないはずがない。
腐敗公は先ほどのリアトリスの提案に、まだ頷いてはいない。しかし推測するに、彼女の中ではすでに腐敗公が了承した事になっているのだろう。
その自信がどこから湧いてくるのか分からないが、しかし腐敗公はそれが嫌では無かった。
まだお互いに事について、ほとんど知らない。
それでもこの出会いはきっと、彼女が言うように幸福なものになる。
腐敗公はそんな予感に胸を躍らせつつ、それが幸せへの第一歩であることを願いながら。
自らの花嫁を、自身の住み家へと案内するのであった。
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