腐敗公のマイホーム①
(場所を変えようと提案したはいいけど、腐朽の大地の中心に向かうのはなかなか迂闊だった……)
そんなことを考えつつ、言い出したのは自分であるため黙々と死の大地を進むリアトリス。隣を山のような大きさの魔物がのっそりのっそり歩いて……というか這っているのは、なかなかに妙な絵面だなと考える。といっても、あまり深く考え込む余裕もないが。
腐朽の大地は基本的に何でもかんでも腐って溶けてしまうため、木どころか草一本生えていない。それゆえに毒の霧が立ち込めている場所以外、見通しは案外良かったりする。
崖の上にある土地から眼下にこの場所を眺めていた時、リアトリスは腐朽の大地を毒の沼のようだと思っていた。が、間近で見るとまた違った印象を受ける。
地面の隆起に沿って見渡す限り溶けた何かの成れの果てが広がっているその見た目は、さながら汚泥で形成された砂漠のよう。かつてこの場所に自分たちが住む土地と同じような景色が広がっていた事など、想像する事も出来ない。
リアトリスはふくらはぎまで汚泥に脚を沈め、ドロドロとした粘性物質もろもろをかき分けて遅々とした足取りでその中を進んでいた。
ずちゅっ、ずちゅっと……非常に気が滅入る音をたてつつも、黙々と進むリアトリスを見て腐敗公は思う。
(逞しい……)
腐敗公は触れたものを何でもかんでも溶かしてしまうが、加護の結界がある場合その心配はない。そのためリアトリスを体から出した触手で持ち上げて運ぶこともできるのだが……嫌そうに顔をしかめながらも、文句も言わずずんずんと進むリアトリスを見ていたらついつい言い出す機会を逃してしまった。
これまで腐敗公に捧げられた花嫁たちは、あらかじめ加護の結界を施されていた。しかしどうやら今回の花嫁は、自分でその結界を張れるようだ。
不快そうにしてはいるが、その体は腐朽の大地の汚泥にまみれながらも未だに健康そのもの。それは腐敗公にとって、非常に喜ばしく好ましい事だ。
彼女は自分に幸せをつかみ取れと、手を差し伸べてきた。……そしてなにより、「私に相応しい夫になれ」と言ったのだ。
つまり彼女は今までの花嫁たちと違って、自分の意志でお嫁さんになってくれる気がある、という事。その事実に腐敗公はこれまでにないほどの多幸感を覚える。
嬉しかった。本当に、嬉しかったのだ。
憧れていたおとぎ話の心清らかな乙女とはかけ離れた人物だとしても、やっと自分と正面から向き合ってくれる人と出会えたのだから。
そんな相手を自分の家に招待するのは、少し緊張した。家と言っても腐敗公にとってはこの腐朽の大地全体が家のようなものなので、正確に言えば花嫁のための住いとして整えた場所である。
この何もない場所で花嫁が住める場所を作るにはどうすればいいのか、腐敗公なりに必死に考えたのだ。考えて考えて、やっと作り出した。
そのため緊張しつつも、実はそれなりに自信がある。何も生み出せない自分が唯一作り出せた最高傑作なのだから。
が、到着した途端その自信はまたもや砕かれた。
「ただの!! 穴ァ!!」
やけくそ気味に叫び膝をついたリアトリスに、腐敗公はかける言葉を見つけられなかった。
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