崖上から勢いよく追放された日②

 政務服の男……唯一無傷、かつ小綺麗に服を着こなしているクロッカスと呼ばれた青年。

 その彼が狐のような目をさらに細め、女に向かって口を開いた。


「そもそもあなた……リアトリス殿。自分が本来は処刑台送りだってこと分かってます? 首を落とされてつまらなく死ぬのと、生贄の二択。それなら国民、いえ全人類の役に立つ生贄の方がいいじゃないですか。その身は人類の土地を守る礎となるのです。いやはや、実に素晴らしい。宮廷魔術師として、魔族を討伐する将の一人としてアルガサルタ王家に仕えた華々しい経歴を持つ貴女にとって、最高の最期ではありませんか。罪人として処刑され、歴史に汚名を残すはずだったのに……悲劇的でありながらも美しい物語として、語り継がれるのですよ? ああ、なんて優遇されているのでしょうか! 天才ともてはやされ、これまで多くの功績を残された貴女だからこそ……とも言えますが、我らの王子も大概お優しい! そのお優しさに感謝し、光栄だと涙を流し、貴女は潔くこの運命を受け入れるべきなのです!」


 芝居がかった動作を織り交ぜつつ滔々と語るクロッカスに、リアトリスと呼ばれた女は吐き捨てるように言った。


「お前顔覚えたからな。あとで覚悟しとけよクソが!」

「うわ、何この人怖いし下品。よく王宮仕え出来ましたね」

「マジ覚えとけよ。あと口調ならお前も王宮仕えには思えないわよ!!」

「え~、そうです? あと、覚えておいてなにか得でも? 無いですよね。だって貴女の人生はここまでなんですから! 残念でしたねぇ、次の機会などありません。ささっ、皆さん早く済ませてしまいましょう。このゴミをゴミ溶解地へと叩き落すのです!」

「テメェゴミっつったか今!! 仮にも花嫁衣裳着てる女に向かってゴミっつったか!! くっそお前絶対叩きのめしてやっからな!!」

「はいはい、来世とかでその機会があるといいですねー。私長生きするつもりなので、もしかしたら可能かもしれませんよ! 頑張って! ま、それはそれとしてお別れの時間です。さあ、ぱぱっとやっちゃってください」


 重くドスの利いた声でがなり散らすリアトリスとは対照的に、クロッカスは何処までも軽快な口調であしらった。そして武装した兵士に指示を出す。

 指示された兵士は相手が足枷、手枷で拘束された上に体の周りを隙間がほとんど無いような狭い檻で囲われた女であるにも関わらず……非常に恐る恐るといった引け腰で近づいた。

 情けない姿だが、誰も彼を責める者は居ない。むしろ再度女のそばへ寄らなければならないことに、同情の念すら集めている。


 そして手を伸ばしかけ……。

 考え直し、彼は脚を延ばしてそのつま先でちょんっと檻を崖へと押しやった。


 女の視界いっぱいに、汚泥の大地が広がる。




「ぃぎゃあああああああああーーーーーー!!」




 獣の断末魔のような悲鳴を上げて崖下へ落ちてゆく女を見送り、ひと仕事を終えてすっきりとしたクロッカスは爽やかな笑顔で手を振った。



「お勤めご苦労様でした、宮廷魔術師、リアトリス・サリアフェンデ様! その最期、この我が君の側近であるヘンデル・クロッカスが見届けさせていただきました! 来世でのご健勝をお祈り申し上げます!」










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