崖上から勢いよく追放された日①
「ふざっけんじゃないわよ!!!! 馬鹿かお前ら!! 馬鹿か!! 超天才かつ超優秀で超貴重な人材である私を生贄にするとかどういう了見よ馬鹿か! 脳みそに蛆でも湧いてんじゃないの!?」
「罵倒の語彙が主に"馬鹿"しか出てこない方に天才だの優秀だの言われても、びっくりするくらい説得力無いですよねー。ははっ」
「きぃぃぃぃぃ!! うっさいわ!! 黙れ!!」
烈火のごとく怒り狂いわめいているのは、二十歳を少し過ぎたくらいと思われる若い女。
薄い色彩の青眼と、磨かれることを忘れ去られた曇った金属のような、ぱっとしない色合いの金髪。そんなやや地味な色合いを有するその女は、おそらくそこそこ美人だと評される容姿だ。しかし現在その評価をひっくり返す強烈な表情が、その顔面を彩っていた。
もともと吊り目であろう目元はさらにきつく吊り上がり眉間には渓谷が刻まれ、歯茎をむき出しにして威嚇する様はまるで獣だ。ギラギラした眼力は見るものを竦ませる迫力がある。
女は表情によって色々と台無しにしてはいるものの、非常に美しく繊細な刺繍が施された純白のドレスを身に纏っていた。
見事なのはドレスだけでなく、装飾品もまた素晴らしい。
碧玉があしらわれた花を模した耳飾り、胸元の首飾りは銀色の蔦が絡みあったような細工の中に、金剛石と碧玉の花が咲いている。腰まで届く薄く繊細なベールの先を辿れば、立派な小冠。
しかしそんな美しい装飾品で飾られているにも関わらず、彼女の両手両足は装いとは正反対に無骨で無粋な鉄の拘束具で締め付けられていた。
極めつけにその体は身じろぎ一つも出来ない狭く窮屈な鉄の檻に囲まれている。
彼女はこれから腐敗公に花嫁という名目で捧げられる、生贄なのだ。
ゆえに彼女が身に着けている高価な品々は彼女自身のためのものではなく、それ含めて腐敗公への貢ぎ物である。
しかし女はそれを認めてなるものかと、唯一自由な口を忙しなく動かし力いっぱい喚き散らした。それに対するのは銀色の鎧で身を固めた屈強な兵士が十数人に、藍色の政務服を身に纏った男が一人。
ちなみに先ほどから彼女に対応しているのはこの政務服の男である。
「まったく、困ったお人ですね。"銀鱗の魔将"の称号まで与えられたお方がこの有様とは実に無様極まりない」
「あの、クロッカス様……あまり煽らないでください……」
「俺たち……よくあの方をこの人数で拘束してこれたよな……」
「死ぬかと……いや、死んだと思った……」
笑顔ながら侮蔑のこもった言葉で女と煽る男に、後ろに控える兵士たちは一様に顔を青くさせていた。
……実のところ今でこそ拘束されている女だが、この場所に来るまでの道中で口に留まらずその身を全てを使って全力で抗っていたのである。
屈強で勇敢な兵士がこれだけそろってなんという体たらくだ情けない、とは彼ら自身は思わない。
何故ならこの女、見た目通りのか弱い女性などではないからだ。むしろよくぞこの人数で持ちこたえたと自分たちを褒めたたえたい心境である。
女は魔術師だった。
それも王宮に仕え、特別に"将"という位を与えられた国の中でも屈指の強者。
しかし彼女の現在の称号はそんな輝かしいものではない。女は罪人なのだ。だからこそ処刑と同意義の生贄としてこの場所に居る。
だがその判決に納得のいかない女は、己の持てる力を全て駆使し、抵抗した。
本来その力を無効化する特別製の拘束具だったが、あろうことか女はここに運ばれる途中で拘束具の術式を打ち破った。兵士にしてみれば罪人の護送任務がいきなり怪物退治に代わったようなものである。たまったものではない。
なんとか予備の拘束具で捕まえたはいいが、兵士達の立派な鎧は所々破損し、体はボロボロ。
満身創痍の彼らはげっそりとした表情で、どうかこれ以上煽らないでくれと政務服の男に祈っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます