第5話 ドキドキの思い出
「死神さん。心拍数を減らせばその分、長生きできるってことでいいのか?」
「ご明察、恐れ入ります。その通りでございます」
「では、今の心拍数を1割ほど、減らしてくれないか?」
「可能ではございますが、仮に減らしたとしても、
あなた様の寿命はたいして延びません。
少なくとも、退院は無理でしょう」
そうか、入院が長くなるだけなら、あまり意味がないな。
「けど、私は死神でございます。
あなた様の過去の人生において、
心臓が早く動いた履歴を消すことは可能でございます」
「それはどういうことだ?」
「あなた様の、ドキドキした体験を、なかったことにする、
ということでございます」
なるほど、過去の心拍数を減らせば、結果として寿命が延びる、
というわけか。
「え~っと……」
死神は、作業着のポケットからタブレットを取り出すと、
俺の人生の履歴を調べ始めた。
「ええっと、あなた様は、お子さんの成長に一喜一憂して、
そこでかなりの心拍数を使っていらっしゃいます。
その履歴を消してみるのはいかがでしょうか」
「消すとどうなる? 寿命は延びるけど、その代わりに何か失う、
ってのがお約束のようが気もするが」
「はい、あなた様はとても賢い! その通りでございます。
この場合、あなた様とお子さんとの出来事は、
なかったことになります」
「子供が部活の試合に出て応援したこと、
子供が入試を受けて結果を待っていたこと、
子供が希望の会社に就職できるか、ハラハラしたこと、
すべてなかったことになるのか?」
「その通りでございます。あなた様には
お子さんがいなかったことになるのでございます」
それは嫌だ。
自分の寿命が長くなったとしても、
俺の子供がいなかったことになるなら、
生きていてもしようがない。
俺は死神に交渉した。
「子供に関することでドキドキした思い出は、
そのまま、消さないで残しておいてくれ。
代わりに、俺個人のことでドキドキした思い出を消してほしい」
「左様でございますか。では……」
死神はまた、タブレットを操作し始めた。
「奥さんとの出会い…」
だめだ! それは消すな!
子供がいなくってしまう。
「受験の…」
だめだ! あの大学を出ていなかったら、
今の仕事には就けなかった。
「おやおや、わがままでございますな。
あなた様は過去のドキドキを減らして、
長生きしたいのではなかったのですか?」
ううう……
死ぬのは嫌だが、
大切な思い出が消えてしまうのは、もっと嫌だ。
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