第6話 神童ミミ

 ミミ・ポートリヤ六歳――それが今の俺だ。前世の記憶も技術も引き継いでいる為、神童として扱われている。正直、このままゆっくりと成長して、人生を謳歌してもいい。だが、人々の口にする〝三英雄〟を称賛する声を聞く度に、魂に刻まれた復讐の炎が勢いを増す。


「ミミ、今日は父さんが稽古をつけてあげようか?」

「あなた、この前ミミにタコ殴りにされたのを忘れたの?」

「ラナ、俺だって数年前までは魔導騎士団序列三位の腕前だったんだぞ」

「ミミ、お母さんと後で魔術の練習をしましょうね」

「はい、ラナお母さん」


 正直、魔導騎士団の部下だった二人の子供になるとは思ってもいなかった。二人は愛情深く、妹のフレイヤ共々育ててくれている。成長するにつれておぼろげだった前世の記憶ははっきりと思い出した。思い出す度に心臓のあたりの不死鳥の紋章が疼くのが分かる。


「じゃあ、ミミ……灯火キンドルを唱えて見せて」

「理を紐解く我が命ずる――――炎の精霊よ――――ここに灯火キンドルを‼」


 持たされた杖の先から蒼炎が迸る。天井まで届きそうになり、慌てて勢いを弱めた。それを見たラナは感激して強く抱きしめてくる。転生した身だが、親子の情というのは本能的な者らしく、単純に嬉しいと感じた。


「ミミは、天才ね。きっと他の魔法もすぐに習得するわ」

「お母さん……僕……魔導騎士になりたい」

「「え⁈」」


 立ち聞きしていたルルも魔法を教えていたラナも驚きを隠さない。六歳児がそんなことを言うなど、普通なら信じられないだろう。だが、意外にも二人はあっさりと納得してしまった。


「ミミは剣も魔法も才能がある。今は亡き団長を超えるかもしれないな。それに魔導騎士はエリートのみが選び抜かれる実力主義の集団だ。人々に貢献している点では他の追随を許さない」

「でも、その前に学校に入れてあげないと……〝三英雄〟の魔導士ヨルン様の魔法学院に行かせるのが一番いいかもしれないわね」

「そうだな。剣の腕は既に亡きジークフェルデ団長に並んでいるからな」

「それに魔法学院で実績を残せば、魔導騎士団に入ることも許されるはずよ」


 ヨルンと聞いて、どうしようもなく殺意が沸いた。灯火キンドルを放っていた杖が真っ二つに割ってしまう。ラナとルルはそれを見て驚く。普通、魔鉱石マナタイトでできた杖が壊れるなどあり得ないことだからだ。


「ミミ……王都のロンドニキア王立魔法学院に入学してみない?」

「…………」


 ヨルンを殺すチャンスかもしれない。心の奥で燻っていた炎が再燃する。魔法学院で優秀な成績を残して、〝三英雄〟を殺せる身分になるのも手段の一つと考えるのはありだ。雰囲気を暗く刺々しくしていたら、ルルが心配する。


「ミミ、魔法学院がそんなにイヤなら、行かないでもいいんだからな」

「お父さん、僕は魔法学院に行きたいです」

「そうか……ならば、来月の入学試験の為に、ラナと魔法の練習をするんだぞ?」

「はい、お父さん……ありがとう」


 そして、いったん中断されていた魔法の訓練が始まった。今度は灯火《キンドを手から小さな鳥のように空中を飛ばす訓練。基礎訓練だ。この程度のことを再び習わなくてはいけないのかと思ったが、実力の一端を見せることにする。


「理を紐解く我が命ずる――――炎の精霊よ――――ここに灯火キンドルを‼」

「五本すべての指から灯火キンドルを出すなんて……?!」

灯火キンドルよ、翼を持ち、空を羽ばたけ‼」


 炎の小鳥が窓の外に飛び立っていった。昔の魔導士は、灯火キンドルをどのように扱うかで、魔法の精度や威力、効率などを測ったと言われている。今は魔力を測定する道具があるから、そんなことをすることはないが……と考えていると、ラナがハグをしてきた。


「ミミ……あなたは天才よ。必ずあっという間に……卒業できるわ」

「ラナ……それ以上褒めちぎるのはよくないぞ。努力をしなくなってしまう」

「ルル……そうね。でも、せっかく魔導騎士を目指すんだから、褒めてあげて、伸び伸びと自由にさせてあげたいじゃない?」

「あらあら……ミミ、その魔導書はあなたにはまだ早いわ……ええ⁈」


 笑い合うルルとラナの夫婦を他所に魔導書をペラペラと捲っていく。上級魔法エクスプロ―ジョンのページを見つけた。ルルとラナは、相変わらず笑顔で話をしている。


「漆黒の炎よ、爆ぜろ――――――エクスプロージョン‼」


 手の平から黒を纏う炎が球のように現れる。それをルルとラナは顎が外れ、目が点のようになって見つめていた。黒を纏う炎は大きな鳥の形をとる。そして窓から夜空へと飛び大爆発した。


「う、嘘だろ……文字が読めるのは百歩譲って分かるが、上級魔法を使いこなせる六歳児なんて……神童どころか国の宝だ」

「あなた……それはダメよ。隠さないといけない。私たちの元から離されてしまうわ」


 ドンドンと音がする衛兵が扉を叩いているのだろう。やり過ぎてしまった。ルルとラナには迷惑はかけたくない。もう少し配慮というものを見せなければ。


「おい、この家から魔法が空に放たれたという証言があるのだが?」

「そんなことあるはずがないです」

「王都での魔法の使用は固く禁じられている」

「それを俺に言うのか? 俺は魔導騎士団序列四位のルル・ポートリヤだぞ」


 それを聞くと横柄だった態度を変えて衛兵は退散した。ドアが閉められて、ふうとルルはため息と言葉を吐く。どんなお叱りが来るかと身構えていると、ルルは笑った。


「ははははは、見たか、あの衛兵の顔。血の気が引いていたぞ」

「仕事を真面目にしているんだから、揶揄からかわないの」


 釣られて笑ってしまった。そういえば魔導騎士団でも宴会では、ルルはよく笑い、よく酒を飲む奴だったな。思えば勇者探しの旅を開始する前のただの魔導騎士団団長の頃が一番楽しかった。


「よし、じゃあ次は剣の練習だ。ミミ、庭に来るんだ」

「はい、お父さん……でもまたケガするよ」

「よくぞ、言ったな。父さんも本気を出すからな」


 小さな木剣を握った。本来であれば八本の剣を使いたいが、身体が小さいので、八本も剣を持てない。ルルは最も剣士の中で流行っている紅蓮一刀流を使う。こちらは我流の一刀流。

 イメージしたのは魔将軍アイゼンの使った神速の居合抜きだ。


「我流最終奥義――――――零戦改ぜろせんかい‼」

「紅蓮一刀流奥義――――――一刀両断いっとうりょうだん


 音を超えてルルに迫る。踏み抜かれた地面は大きく抉れ一直線に向かう。速く。ただただ速く動く。紅蓮の持つ木剣を砕くが速さに身体が付いていけず、庭の木にぶつかった。食べごろの小さな木の実が雨粒のように落ちてくる。目が回ってそれどころじゃないが。


「大丈夫か……ミミ……頭から血が……」

「ルル、どうしたの?」

「ミミが気に頭をぶつけて血を流しているんだ」


 ラナが治癒術を懸命にかける。段々と痛みが引く。


 その日から、素振りしかさせてもらえなくなった。残念無念だ。


 ――――――――一ヶ月が過ぎた。魔法学院の入学試験が始まる。


https://kakuyomu.jp/works/16817330649705309002

カクヨムコン参戦作品になります。完結&ハッピーエンド保証です。

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