第4話 裏切り
「妾が……歴代最強と言われた妾が破れるとは――――――」
「――――――最初から本気を出されていたら負けていた」
俺は仰向けになって、呼吸を整えている。さっき振るった剣技はただの上段からの一撃だ。なんの変哲もない一振り。だがそこには俺の歩みたかった夢が詰まっていた。己の過去から積み上げてきた技と現在の困難を打破する心と未来で得られるはずの力、それら全てをただの一振りに込めたのだ。
「ジーク様……――
「悪いな……セイラン、勇者の仕事を奪ってしまって」
「ジーク様は……永遠に私のお慕いする方でです」
そこに、ヨルンとガルドも顔を出す。指一本動かせない。やはり代償は大きいようだ。笑いたくても笑えない。三人と喜びを分かちたかった。
「ジークさん……すごいです。最後にして最強の魔王フレアベルゼを人の身でありながら一人で倒すなんて、ただごとじゃありません」
「ジーク、あと残された時間はどのくらいだ?」
「一週……間……くらいだな」
ヨルンとガルドが顔を見合わせる。そしてセイランと二人は話をするがよく聞こえない。
まあ、あと一週間もあれば第一王女プリシラ様と最後の語らいもできるだろう。セイランやヨルンやガルドとも凱旋くらいはできるかもしれない。
「セイラン、ジークにあのポーションは飲ませたんだろうな?」
「ガルド……ちゃんと最後まで飲み干すのを見ていたわ」
「セイラン、ガルド……あとは様子見です」
一体何を様子見をするのか。訊こうとするが、身体がまだ指一本ちっとも動かない。
それを見たセイランがいつもとは違う顔を作った。嗜虐的な妖艶な女の顔だ。
「な、に、を……」
「今から……ジーク様の子種をもらって子供を孕むんですよ」
セイランは勇者の鎧や下着を脱いで、あられもない姿をさらけ出した。他の二人はそれを笑いながら遠巻きに見ている。どういうことか分からない。俺の子を孕むとは一体なんの冗談だ。
「ああ……これがジーク様の身体。ああ……ああ――ジーク様。きっと孕みました。あとはお体を傷つけずに、私だけの死体人形にすれば、私の夢は完成します」
「な……ぜ?」
「ジークさんが強すぎるのがいけないんですよ。きっとこうなるって三人で話し合っていました。どうやって討ち死にしたことにするかってことをですね」
「ジーク、さっきも俺たち三人じゃ魔王フレアベルゼは倒せなかった。そのことが王国中に知れて見ろ。英雄として凱旋できるのはお前だけになっちまう」
そんなろくでもない考えで俺を殺そうというのか。一言手柄を持たせて欲しいといえばそうしたのに……。そしてセイランの醜く薄汚い願いなど知っていたら王命でも助力などしなかった。
「きゃあ⁉」
俺は怒りで身体が火のように熱くなるのを感じた。三人の裏切り者に対する殺意も尋常ではない程溢れかえっている。こいつらを殺すまでは死ねない。燃えるように心臓が熱くなり、セイランの首を絞めて壁に叩きつける。残りの生命力を最後の膂力として限界まで振り絞った。
「ば、化け物が、だがな……ジーク、お前が慕っている第一王女プリシラ様は俺が貰ってやるよ。傷心の女は口説き落とすのは簡単だからな」
「ガルド……殺す……絶対に……殺してやる」
俺は魔剣緋王を持ち、ガルド目掛けて身体を動かそうとした。だが身体の自由が利かない。
「残念でしたね。ジークさん……
身体から力を出そうとすると
「へへへへ……俺が盗賊の用心棒だったのを忘れたのか?」
「ガ、ガルド……」
振り向き際に緋王を振り下ろす。
緋王は斬撃を飛ばす能力を秘めている。だが、必死の思いで付けた傷はガルドの右目を潰すに留まった。プツンと命を紡ぐ糸が切れてしまったと感じる。奇しくも倒れた横には魔王フレアベルゼのもう魂のない亡骸が転がっていた。視界は暗転し、何も感じなくなる。
『人間というのは我欲の塊で見ていられないわね』
『リンドベルム――ベルなのか?』
『人の子の最後を見届けるのも妖精の仕事よ。特に君は……――いやまだ言うべき時じゃないかしら。とにかく言いたいことは一つだよ。君には残された不死鳥の加護がある。まだまだやれることはあるはずよ。不死鳥の加護が君を導くはず』
https://kakuyomu.jp/works/16817330649705309002
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