第14話 シルビア 3
この世界には時計があって目覚まし時計というものがないのか、それともこの部屋には備え付けてないだけなのか。
脳が覚醒し、目覚めると時刻は7時をやや超えたくらいであった。
睡眠時間としては6時間ちょっと。良い具合だ。
隣のベッドではまだシルビアが寝ている。
「うぅ……ん……」
寝息が聴こえ、胸が上下していることから呼吸していることが分かる。
これだけならシルビアが蘇生された死体、ゾンビだなんて誰にも分からないだろう。
確か……図書館で読んだ【ネクロマンサー】の蘇生させたゾンビの特徴として、明確な意思は見られない、呼吸はしていないため肉体が朽ちるまで水に埋めても動き回る、【ネクロマンサー】の命令に忠実に従う等々……俺のスキルでいう【オートリバイバル】で蘇生されたゾンビの特徴に当てはまるものが多かった。
【フリーリバイバル】。このスキルは単にゾンビを作り出すのではなく、死者を強化した上で生き返らせると考えた方がいいだろう。
それだけ、シルビアはゾンビとしては人間味が溢れている……人間ではなくエルフだが。
「ジルといい、シルビアといい、普通の人間にはまだ【フリーリバイバル】使ってないな」
どれも人間ではなく亜人と呼ばれる存在にばかり【フリーリバイバル】を使っている。
……いや、違うか。
あのマイクの仲間である弓使いにもフリーは使った。使ったが、発狂した。
弓使いに問題があったのか、普通の人間には耐えられるものではないのか。精神的に発達していないと二度目の人生というものは受け入れられないのか?
死を迎え、脳は活動を停止する。
それを無理やり叩き起こすのがフリーだとしたら、その反動で様々な脳の部位を起こしたおかげで普段使われていない部位まで起こされ、リミッターの制御が外れているのだとしたら。だが、リミッターが外れる部位が運動制御だけでなく感情を司る部位も含まれているのなら、感情過多になり、耐えることができない者がいたとしてもおかしくはない。
ジルは戦士として精神的にも強かった、シルビアは感情的な驚愕よりも自分の身体に起きた事態に興味を持った。これが二人が発狂しなかった理由だろうか。
「ほら起きろシルビア」
「うーん……もうちょっとだけ……」
声を掛けても返事はするが、起きる気配はない。
もうちょっとだけとか、何分だよ。せめてそこを具体的に教えてくれ。
それにしても、朝は弱いのか。まあ夜が強そうなイメージはあるな。研究者肌のやつみたいだし。
「さっさと朝食を食べに行くぞ」
今度は強引に、シルビアの体を揺らす。
前回食べた飯など宿屋の主人に出してもらったスープとパン以来なのだ。
腹は当然ながら減っている。
「んー……ふあーぁ」
ようやくシルビアが体を起こした。
金の髪がさらさらと揺れる。寝癖が酷い。朝食の前にこいつは顔を洗いに行かせた方が良さそうだ。
「ほら、ローブを羽織れ」
まだ眠たげな顔をしているシルビアに深くローブを被せ、部屋を出る。
宿の敷地内に井戸はあるが、主人にも他の客にもシルビアの顔を見せることは出来ない。早くこの問題は何とかしないとな。
シルビアに命じて井戸から水を汲んでもらい、まずは俺が顔を洗う。俺はすでに目覚めているため軽く顔を洗うだけでいい。だが、シルビアはまだ眠そうなため、しっかりと顔を表せる。
その間に俺はシルビアの寝癖を整える。手櫛ではあるがいいだろう。さらさらとした金髪は軽く据えてやるだけで整っていく。
時折ふわりと漂う果実のような甘ったるい匂いはシルビアが女だということを思い出させる。
おかしい。まだ起きてからこいつのことを手のかかる面倒なやつくらいにしか思ってなかったのに。匂い1つで女を取り戻すとは。匂いとか見た目とは関係ないはずなのに、美少女が甘い匂いを放つとか、卑怯だろそんなの。おっさんが臭い汗を放出するくらい卑怯だわ。
「これで顔を拭け」
いつまでも嗅いでいるのも良くない気がする。
昨日雑貨屋で買っておいたタオルを一枚シルビアに渡すと、シルビアは大人しく受け取り顔を拭く。
「目が覚めたか?」
「……ああ。悪いね、昔からどうも、朝はこうで」
死んでも治らないってか。
目が覚めたのならそれでいいか、俺が顔を洗うついでみたいなのもあったし。
そうだな……出来れば早々に奴隷は欲しいな。
こういった雑事をさせるためにも。
「起きたなら飯を食べに行くぞ。宿屋の主人には他の場所で食べると言ってある」
聞けば、この宿屋の朝食は昨日出されたスープとパンくらいしかないらしい。安い宿屋ならではということだろうか。
そのため、今朝は宿屋の主人に朝からやっている飲食店を聞き、食べに行こうと思っている。
「分かった。私は食に関してはそこまでこだわりがないから任せたぞ」
「任された」
とはいえ、シルビアは今、死体が着る薄い布の上にローブを羽織っているだけ。
何か新しい衣服を調達しないとな。
それに、飯を食べるならどうしても顔が露わになってしまう可能性もある。
どこで誰が見ているか分からない。シルビアの知り合いがいれば面倒だ。
「こんな時は……これか」
アイテムボックスを漁り、仮面を1つ取り出す。
「これはジルの洞窟にあった宝物の1つで、顔を隠すための仮面なんだが」
「ふむ、宝物と言うからには、何か特別な効果があるのか?」
ないんだよな、それが。
ステータスが変わるわけでも、職業が変わるわけでも、顔が別人のようになるわけでもない。仮面を被っても仮面のまま相手にも見えてしまう。
「まあかけてみろ」
「うむ」
シルビアが仮面をかける。
仮面は顔の上半分を隠すものであり、口元は空いている。これなら飲食も可能であろう。
なぜこれが宝物の1つなのか、それはジルに聞いても分からなかった。ジル自身も効果が分からないらしい。
とは言え、付けたら最後、外せなくなるような呪いの類ではないらしいから、シルビアに渡したのだが。
「まずは、飯を食べるか。その後は服だ。女物は分からないから、それは任せるぞ」
「あ、ああ。うん」
うん? どうしてそんなに不安げな顔をしてるんだ……ああ、金か。
「金のことなら心配するな。マイクと弓使いの財布は抜いてあるからな。生活費すら財布に全部入っていたみたいでそこそこの金はある」
「そうか……ならいいのだ」
宿屋を出て飲食店を目指す。
その店は朝食限定のメニューがあるそうで、冒険者の間では重宝されているらしい。メニューは2つしかないが安価で、この宿屋と提携しているとか。
宿屋を利用した客にはその店を勧め、店に来た客にはこの宿屋を勧めているのだとか。
歩くこと数分。宿屋から目と鼻の先みたいな距離に主人に言われていた店があった。
「いらっしゃいませー」
店内に入ると、40代後半くらいのおばさんがいた。その奥にはそれより少し上くらいのおっさんが。
他の客はちらほらといるが、そこまで混雑していない。
この時間が冒険者にとって遅いのか早いのか。恐らく早いのだろう。ほとんどが酒を毎晩飲んでいるというし、早朝から仕事をしない者は大勢いるだろう。
遅く起きれば昼と兼用できるしな。
「おう、よく来たな。まあ食べてけや」
「はあ……メニューは、と」
おっさんからも声を掛けられ、俺は何とも言い難い返事をする。
席に着き、メニューらしきものを探すが見当たらない。
仕方なく壁を見ると、
『機嫌がいい時のお母さんの朝食』
『不器用なお父さんの行ってらっしゃいの朝食』
と、2つのメニューのような説明文のようなものがあった。
お代はどちらも同じ。かなり安め。
「これか。シルビアはどうする?」
「どちらでも。どちらにしろ中身が分からないしな」
それだな。
ならば、と俺とシルビアは別のメニューを頼むことにした。
俺が不器用な~のやつで、シルビアが機嫌がいい~のやつを。
おばさんが注文を受けると、二人とも奥のキッチンらしき場所に入っていった。
「次はシルビア、お前のことでも話してもらおうか?」
飯が来るまで、繋ぎで世間話をしていることもない。
シルビアに何ができるか、何を知っているかを聞き出しておこう。
「私か? そうだな……まず、職業のことからでも話そうか」
職業から?
別にそんなこと一言で終わるだろ。そう思った俺だが、
「君になら言っても……というか、いずれは言わなければいかなくなるのだから言っておこう。私の職業は【鑑定士】。恐らく世界でも数人しかいない、【鑑定】というスキルを持つことのできる職業だ」
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