第13話 シルビア 2
「助かりましたじゃ。またシルビア先生の墓前に手を合わせるときは呼んで下され」
そう言って婆さんは去っていった。
すでにシルビアの入っていた棺は俺と、俺の背後にいるローブを深く羽織った人影の手によって土の中に埋められ、この暗闇の中全く見えなくなっていた。
予想通り婆さんは埋める直前にシルビアが棺に納められているか、確認していた。
そして、確認し終えると、俺達に埋めるよう促した。
……しかし、棺ってかなり重いのな。木造りならまだしも棺は石で出来ている。その中に死体が1つ入っているのだからとても重い。
「全く、お前がいなきゃアレは俺1人では持てなかった。何で木製にしなかったんだよ」
俺は背後に控える人影に愚痴る。
「だがそれでも楽々と石棺を持ち上げる。さすがは死体の、俺が蘇生させただけはある力だ」
愚痴るというか、結局は俺の力すげえって話にはなるが。
「しかし、君が私を生き返らせようとしなければ、そもそもでこの状況にはならなかっただろう?」
「まあな」
背後のローブを着た人影――シルビアが俺の愚痴に応える。
「で、私の代わりに石棺に入ったあの死体はどこの誰なんだ?」
「さあな。お前の他にもこの街には火事で死んだやつは少ないがいることにはいた。そこからお前と同じ様に中途半端に燃えたおかげで火葬されていないのを選んだんだが、まあどこの誰でも関係ないだろ。こうして墓に入っているんだからよ」
「まあ、違いないね。それ以上は死後の世界があるのかという議論からしなければいけないのだから。こうして生き返らせてもらった私が言うことではないか」
思っていたよりもシルビアは現実主義者か?
他人のならまだしも、自分の墓を荒らされたようなものだぞ。生前につくっておいた墓に他人が入っているのだ。家に不法侵入されたのと同じようなものではないのか?
「あらかじめ蘇生させておいた火事で死んだ女の死体をローブで羽織らせて俺の恋人として連れてきて、シルビアと入れ替わりで埋葬する。行きと帰りの人数は一緒。墓の中の人数も変わっていない」
ミステリー小説なら死体の入れ替わりトリックか?
どちらも動いているから手間のかからないトリックではあるが。
「腐敗臭が気になってはいたが、火事跡でまだ辺りが焦げ臭かったのが助かった。それに、石棺からお前からも臭いが立ち込めていたからな」
「そ、それは言わないでくれ……」
お? 先ほどは半裸に近かったくせに羞恥心のようなものは見られなかったが、さすがに臭い関係なら恥ずかしがるのか。あるいは死体の時の話はしないで欲しいってか。
顔を赤くしたシルビアは少しばかりパタパタと手を団扇代わりにして顔を冷やしている。
まあ円滑な人間関係を築くならこれ以上の藪は突かないでおこう。
【フリーリバイバル】で俺への攻撃は出来ないとしても、協力してもらえないとそれはそれで困るからな。
しばらくパタパタやっていたシルビアだがふと我に返り、先ほど婆さんが去っていった方を見る。
「彼女とは、彼女が子供の頃からの付き合いでな。皺が増えた…。それにしても私の墓前で泣きだすとは思いもしなかった」
と、いうことは最低80くらいか?
年齢は言わないと言っておきながら、言葉の端々から推測されてしまうあたり、うっかりしているな。
火事というが、発火元は料理したときの火の消し忘れとかじゃないだろうな?
「仲が良かったのか? あの婆さんと」
「良いか良くなかったかで言えば良かったのだろうが、会うのだって年に数回程度だ。会わない年だってあった。だから、私が死んだところで彼女は淡々と墓守の仕事をするだけかと思っていたよ」
「ふうん」
「うん、これだけでも生き返って良かったと思えるな。ありがとう、感謝するよ」
礼を言われると何だか背中がむず痒い。
きっと俺は礼を言われるよりも言いたい人間なのだろう。
常に感謝を忘れずに生きている人間だからな。
「まずは俺の泊まる宿屋に向かおう。続きはそれからだ」
そう言って、この話題を打ち切った。
完全に【メンテナンス】で体の状態は直してあるから、死臭や腐敗臭、焦げ臭さはもう残っていない。
そのためフードを被せ、顔を見られないようにさえしていれば街の中の移動は楽であった。
顔を見ようとする者にはこのローブを着ていた前任者同様の火傷作戦で乗り切った。……警察みたいなのがこの街にもいるんだな。
宿屋の主人に新たに同室に一名追加を言う。
主人はどこかで女を引っかけて来たのかとニヤついていたが、構わず部屋へと戻る。
「で、説明してもらおうか? それとも、君は私を生き返らせてくれたご主人様なのだから、説明して頂けますか、と言った方がいいのかな?」
「……いや、そのままでいい。俺は仲間が欲しかったのであって部下が欲しかったわけではない」
そう、部下や配下ならこの後いくらでも手に入る。
それこそ文句も言わないような物言わぬ人形が。
それにしてもご主人様呼びの配下か……欲しいな。
シルビア以外で、また【フリーリバイバル】を使うことになったらそう呼ばせるのも有りだな。
いやいや、そんなことを考えている場合じゃない。
それよりも、俺に進言できるような、知性あるやつが仲間に欲しかった。
「突然生き返らせて俺の仲間ということで戸惑うかもしれないが、我慢してもらうぞ。ああ、死にたくなってもそれは許さない。お前は俺が満足するまで死体として生き返ってもらう」
「君が満足するまで君と一緒に生きる……か。ふふっ、まあいいだろう」
何が楽しいのかシルビアは微笑む。
「私とてあんな火事程度で死ぬつもりは毛頭なかったのだ。存分に楽しませてもらう」
「なら、俺と共にいるなら、俺の許容できる範囲で自由にやっていい」
俺は右手を差し出す。
一応、これからよろしくというつもりだったのだが、
「……?」
と、シルビアは不思議そうな顔をした。
握手を知らないのか?
「……まあいいか。とりあえず俺のことでも話しておこう――」
ジルに話したことと同じことをそのまま話す。
俺が異世界から来たこと、【ねくろまんさぁ】という職業になったことを。
ついでにジルを倒し仲間にしたこと、この街に入って冒険者になったことまで話す。
隠さなければいけないこともあるが、まあ概ね言っても構わないだろうというところまでは言ってしまう。
……ていうか、倫理的な問題とか死体を生き返らせた時点で、しかもその死体に説明するのだからそこまで人に言えないとかもないだろう。
異世界が珍しいのか、【ねくろまんさぁ】という職業が初耳だったのか、シルビアはふんふんと相槌を打ちながら時折口を挟み、俺の話を茶化すこともなく聞いていた。
「――と、いうことだ。質問はさっきしてたからいいよな? 今日はもう遅い。俺は寝るからお前ももう寝ろ」
時計の短針はとっくに0の針を回っている。
昼に仮眠はしているが、それでも今日は色々あったため俺もさすがに眠い。
ベッドは元から2つあったため俺が使っていたのとは別のベッドを示す。
「そうだな。ゾンビだから睡眠しないイメージがあったが、なぜか眠気はある。これは脳が休憩を求めているからなのか……」
シルビアが何やらぶつぶつと呟き始める。
生前は研究者だったらしいからな。こういうのはたまらないんだろう。
だが、何時までもそんなことをやっていられても困る。
こっちはもう眠いのだ。
寝ている横で呟かれてもそんなのただのホラーだ。しかも呟くやつが死体なら尚更。
「ほら、お前ももう寝ろ」
「ん……そうだな。済まない、迷惑をかける」
シルビアは申し訳なさそうな顔をする。
自分でもそれが悪癖だという事を自覚しているのだろう。
「それと、私はシルビアだ。お前呼びは少し寂しいかな」
と、ここでシルビアはそんな可愛らしい、まるで見た目相応のことを言い出した。
……実年齢知らないけど、確実に俺よりも上なはずなのにも関わらず。
「……シルビア、早く寝ろ」
「ああ、お休みシドウ」
「……お休み」
こうして部屋の灯りを消し、街に入った一日目は終了した。
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