第12話 シルビア 1

 この街では共同墓地もしくは生前に作られた家の付近にある墓のどちらかに死体を埋めることになっている。死体は火葬土葬風葬鳥葬のどれかを経てからではあるが、その中でも土葬と風葬は珍しいらしい。理由はやはりネクロマンサーの存在。

 むやみやたらに死体をそのままにしておくと蘇生されてしまい、死者を冒涜されてしまうからである。

 しかし今回のエルフさんは土葬でしかも自宅に葬られているらしい。

 元々火事で焼け死んだのだからネクロマンサーのスキルは通用しないからとかいう理由らしい。そして変わり者であるそのエルフさんはこの街に引っ越した当時すでに家と同時に墓も立てていたとか。


 火葬の手間もなく墓もすでに作られているから葬儀も楽に済んだんだろうな。





 図書館で大分時間を潰せたおかげで時刻は8時過ぎ。

 その後もちょくちょくと歩いていたが、そろそろいいだろう。

 目立たずに動くには十分すぎるほど暗い。

 季節はまだ分からないが、冬に近いのか?


「もっと時間が遅い深夜帯が望ましかったが……さすがにそんな時間に宿屋を抜け出すわけにも入るわけにもいかねえしな。この時間なら夕飯食べに行ったでも、少しばかり遅くなったら酒を飲んでいたとでも誤魔化せる」


 現在地はエルフさんのお宅。

 墓の場所も分かっているし、後は生き返らせるだけだ。


「もし、そこのお方」


 と、エルフの家で墓場目指して歩いていたら誰かに話しかけられた。

 日が沈み、辺り一面は真っ暗であるが、俺は肩に停まっている小鳥を介して明るい場所と大差なく周囲を見ることが出来る。


 付近に家はなく、灯が無いためこの辺は暗い。

 もっと住宅街や酒場の近くであれば小鳥を介さずとも肉眼で見えたんだけどな。


「何でしょうかご老人」


 エルフの家に現れたのは齢80程の婆さんだった。

 顔中皺だらけ。そのくせ若い時は美人だったんだろうなと思えるほどには顔にシミが無く、腰はしっかりと真っすぐである。


「何でしょうとはこちらが言いたいですじゃ。ここはあの高名なシルビア先生のお宅じゃと知っていて侵入なさったのか?」


 高名だとか、先生だとか言っている辺り、知り合いなのか?


「知っていますよ。私の母親がシルビアさんの知り合いでして、動けない母の代わりに手を備えに来たというわけです」


 エルフの名前がシルビアでいいはず。本名はくそ長かったが、その中にシルビアとあった。


 俺の母はここにはいない、シルビアも死んでいる。確かめようのない嘘だ。


「なるほど。でしたらこちらに……。ああ、儂は墓守一族の者です。生前のシルビア先生に墓を建てるよう頼まれたのも実は儂でしてな」


 ふうん。

 変わり者の頼みを聞いたのがこの婆さんか。


 墓守って墓を荒らされないようにする仕事だっけ?

 この婆さん、強くなさそうだし、役割だけってことか? いるだけで牽制になるとか。


 ともあれ、墓守なら墓のことを知り尽くしている。生前に墓を建てたいときにこいつらに頼めば、たとえ変わり者と言われていても……いや変わり者だからだろうか、すぐさま引き受けてくれたんだろうな。


「して、そちらは……?」


 婆さんは俺の背後に控えている、深くフードを被った人影を見つけて訪ねてくる。

 ふむ、さすがと言うべきか。盗人から墓を守る仕事なだけはあって夜目も効くか。


「これは私の恋人です。ただ、以前に火傷を負いまして顔を見てやるのは勘弁してやってください。顔面を中心に深い火傷を負ったショックで声も出せなくなってしまっているんです」

「おお……それはそれは可哀想に」


 婆さんは涙ぐんでいるように見える。

 年寄りだから涙腺が弱いのか?


 ともあれ、受け入れてもらえたようだ。

 後ろの自称――俺が言ったから他称か?――恋人を引き連れ俺は婆さんの先導の下で歩く。


「ここですじゃ」


 婆さんが手で示したのはまだ土に入れられていない石棺であった。


「実はの、力のある男衆がこの時期出払っておりまして、まだ埋めることができていないのですじゃ」


 なるほど、それは好都合。


「でしたら、俺に手伝わさせてください。これでも冒険者ですから。それに、こいつも元冒険者、火傷で弱ってはいますが、俺なんかと比べ物にならないほど力があるんですよ」

「それは……いいんですかのぅ? ならばこちらとしては是非にでもお願いしたいのじゃが」

「その代り……俺とシルビアさんの2人にしてもらえませんか? 少し話したいことが」

「ええ、そのくらいでしたら。でしたら儂は少し準備をしてまいりますのでその間に」


 そう言うと、婆さんはどこかへと行ってしまった。

 

 まさか人がいるとは思わなかったな。

 あの婆さん……善人というか、人を疑わないというか、騙しやすいというか……俺にとって非常にやりやすい性格で良かった。


 さて、と


「シルビア先生の顔、拝見させていただきまーす」


 棺を開ける。

 そこには布を被された1つの死体があった。

 上から軽く触れてみる。布越しに感じる体温は低い。そして弾力はぶよぶよしており、死んでいることが確かに伝わる。


――【フリーリバイバル】


 スキルを使う。

 ジル曰く、俺に多少の命令権があるらしいのでここは【フリーリバイバル】でもいいだろう。

 【オートリバイバル】は本当に人形にしてもいいやつだけ。

 俺だって人間だ。人恋しいし、会話に飢えている。

 毎日毎日人形と会話するなんて、どこの子供だって話だ。


 【フリーリバイバル】が発動し、死体が起き上がる。

 起き上がる際に布がめくれ、その隠されていた顔が露わになる。



 まず、一番印象に残ったのは、窪んだ目であろう。

 火事の際に眼球は焼けて蒸発してしまったのだろうか。そこにはただ穴があった。

 覗いているこちらが深淵に招かれかねない暗い洞窟のような窪み。


 顔全体で捉えるならば、皮膚が剥がれ落ち、血管は千切れ顔中が赤く染まり、所々肉の間から骨が覗いている。髪は大部分が無くなり、残っているのもちぢれている。


 これならば、もっと焼けた方がマシだっただろうと、思えるほどに中途半端な焼け方であった。痛々しい火傷と同じようなものだ。


 ……同じ焼死体でも、焼き魚を食べたくなってくるな。


 あの香ばしい匂いとは全く違う、焦げ臭い匂いが立ち込めているが。


「あれだな……【メンテナンス】を使うのを忘れてた」


 死体をそのまま蘇生させても死んだ状態のままだからな。

 

 体の前で腕をボクシングのファインティンぐポーズのような姿勢で固まっている。

 筋肉が焼かれると、関節が曲がるんだっけか? 駄目だ、ミステリー小説で読んだけど忘れた。


 それにしても、よくこの状態で動いたな。

 ああ、中途半端に焼けたから筋肉が残っているのか。痛みで動けない程度には残っているから、死体は痛み程度では動ける。

 かなり不味い火傷だと神経も焼き切れるから痛みなどないらしいが。


――【メンテナンス】


 これでいいだろう。


 すると、体の前で取っていたファインティングポーズは解かれ、顔も徐々に肉や骨、髪が再生していく。


「上手くいったか」


 眼球もどこからか生えてきて窪んでいた穴が埋まる。

 

 かなりの美人だな……。

 美人だが、見た目は大人ではない。背は俺より低く160ないくらいか。

 金髪金眼。髪は背まで伸ばし、金の瞳はそれだけで宝石のような価値がありそうだ。肌は透き通るような白さ。

 見た目だけなら年齢は10代半ば。まだまだ成長期といった年齢だ。

 

「綺麗だな……」


 思わず、俺の口からこぼれていた。

 高校のあのクラスメイトと後輩を見た時だって俺の口からそんな言葉は出なかった。


 エルフというのも納得の美しさだ。


「ふふ、それは嬉しいな」


 目の前のエルフ――シルビアは微笑む。

 少し低いが、嗄れていない。何時までも聞いていたくなるような声だ。


「言われ慣れてたか?」

「まあね。エルフとして生まれて……年齢は控えさせてもらおうかな。まあ少なくない数の称賛は浴びて来たよ」


 会話が成立してしまった。

 いいのか? あの弓使いなど生き返らせた途端に発狂していたが。


「体の調子はどうだ? 一応、俺がお前を生き返らせた主ってことになるんだが」


 と、ここで初めてシルビアは生き返ったことを認識したようだ。

 手をぐーぱーとしたり、体を見回したり、顔をぺたぺたと触っている


「……そういえば私は死んだのであったね。生き返らせたということは【ネクロマンサー】かい?」


 警戒心露わにシルビアはこちらを睨む。

 先ほどの和気あいあいとした会話が嘘かのような顔だ。


「【ネクロマンサー】じゃない。【ねくろまんさぁ】という職業だ。俺にもよく分かってないからその辺りの細かな違いは聞いてくれるな」


 シルビアはしばし睨んでいたが、ふっと体から力を抜いた。


「まあいい。どちらにしろ、私に拒否権は無いのだろう。それに意識のあるゾンビというのは聞いたことがないし、ならばその職業もあるのかもしれない」

「なら、一旦でもいいから俺のことを信用してもらおうか」

「仕方がないね。ああ、仕方がない」


 そう言いながらもシルビアは笑っていた。


「何がおかしい?」

「いやね、私の今までの人生は終わった。これからは余生だ。これまでのしがらみを全て捨て去って生きられるというのなら、ゾンビでも悪くないかなと思って」

「俺に悪用されると思わないのか?」


 全員がそうなのかは分からないが、図書館で読んだ本の中には【ネクロマンサー】が国家的な大事件を起こしたこともあると書いてあった。

 そんな力の有る職業の配下になるのだ。

 警戒心を解くのは早くないか?

 いや、俺は別にその【ネクロマンサー】ではないけども。


「悪用ね……まあ君なら大丈夫だろう。そこまで悪性の有る人間には見えない。先ほどは生き返ったことに多少動揺してしまったが、こうして落ち着けば君という人間は分かる。うん、大丈夫そうだ」


 ……正気かよこの女。

 俺が悪性のない人間だって?

 ああ、正解だ。俺は善人だ!


「悪いんだがゆっくり話をしている時間はないんだ。墓守が直ここに来る」

「ふうん? ああ、私を埋めるのか。でもどうやって? 私はここにいるのに」


 墓守はきっと埋める前にシルビアを確認するだろう。

 ちゃんと死体があるか。墓泥棒に死体を盗まれていないか。


「まあそんなのよりも私は服が欲しいかな。ちょっとこのままだと風邪を引きそうだ」


 シルビアは薄着である。布一枚といってもいいくらいだ。

 服は焼け落ちたのだから、元着ていたのは無いとして、墓守が死体のシルビアに着せたのは簡易的な布一枚だけであったらしい。


「お前の入っていた棺も、欲しがっている服も、まとめて解決してやるからさ」


 だからシルビア、お前に初仕事を与えよう。


「力仕事はできるか?」


 これからお前の入っていた棺を埋めるわけだが、俺1人加わったところでは無理そうだ。

 シルビアの死体としてタガが外れたパワーに期待をせざるを得ない。

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