第11話 図書館

 窓から日が差し込むんでいるのは仮眠を取る前からであったが、目を覚ましても日の高さが変わっていないとは思ってもいなかった。


 日が昇り始めた頃に門へと向かい、それからあれこれしばらく数時間経った後に宿屋に辿り着き一休み。起きた頃には夜とまではいかないが夕方にはなっているだろうと、そのくらいの疲労感が寝る前にはあったのだが、起きてみればまだ日は落ち始めてもいなかった。


「異世界だからな。日が落ちる時間も違うのだろうか」


 もしかしたら一日が24時間でないのかもしれない。

 なんて思ったが、壁にかかっている時計を発見した。

 動力源は何なのだろうと思いながら時間を確認すると、12の数字のうち長針は12、短針は3を示していた。元の世界のと同様であれば午後3時……15時か。午前3時なんてことはないだろう。


 水差しにあった水――宿屋の主人に頼んで一度沸騰してもらった――を木のコップに注ぎ喉を潤す。


「プハッ……さてどうするか」


 予定していたエルフの家には夜に赴く予定であるため、まだこの時間では早い。


 どう時間を潰そうか悩んだが、結局俺はこの世界のことを知る前にこの街のことすらよく分かっていないことに気が付いた。


 というわけで、街の探索をしようかと思う。

 日が暮れていないうちであればよく街を見渡せるだろうし、昼間のうちにしかやっていない、行けない場所もあるはずだ。


 宿の主人に何か軽食を、と頼むこと十数分。

 出されたものはパンとスープであった。まさか二食続けて同じものを食べることになるとは……。

 冒険者ギルドで出されたものよりは幾分か柔らかいパンをもそもそと口に運び、野菜のたっぷり入ったスープで流し込む。ギルドのよりもおいしいのに味気ないと感じるのはなぜだろう。

 まさか1人で食べる食事が寂しいとかいうわけではあるまい。そんな感傷的な人間に成り下がったつもりはないし、これまでも1人で食べてきた。……というか、ギルドだって同じテーブルについていた者は誰もいなかった。

 まあ単にサラダやお茶がないってことなのだろう。つまり量だ。物足りていないのだきっと。



 食事を終え、その他の支度もそこそこに宿を出る。

 行くべき場所は決まっている。パンをもそもそしながら決めていた。


 避けるべきは教会。何となく面倒くさそうな連中が多そうだからだ。

 信仰心の篤い者ほど周りが見えていない。話を聞かない。己の神のためならば汚いことにだって手を染める。どこの世界だって同じことだろう。いつ魔女狩りのようなことが始まるかなんて分からない。


 この世界で仲間集め、といくべきだろうが俺のスキルなら簡単に仲間集めができるため冒険者が集まるようなギルドや酒場のような場所に行くこともない。どのみちこれからエルフの家に行き仲間にするつもりなのだし。……まあ相手の性格によっては仲間というよりは手足のようなものになってもらうが。


 まあ無理に生きた仲間を集めるメリットもあるにはある。公の場でステータスを見られた時に死体のステータスがどのように表示されるのか、まだ分からないからだ。その時こそ生きた仲間が必要になるわけだが、まあ奴隷でも売っているのなら奴隷でいいだろう。この世界を知らない俺にとって生きた人間は信用できない。首に鎖でもついていた方が信用できそうだ。


 奴隷は奴隷商みたいなところに行けば売っているのだろうか。どこだろう……?


 兎にも角にも歩き出す。

 行きたい場所はあるが目的地の所在が分からない。

 例によって道行く人に愛想を振り向きつつ尋ねるとすぐにその場所は分かった。



 それは冒険者ギルドや明らかに後ろめたい仕事をして汚い金を稼いで建てた豪華絢爛な屋敷を除けばそこそこ大きな建物。

 中に入れば外の喧騒と別たれた静けさがあった。

 そこにいる人は腰に剣を下げてはいない。

 杖を持つ者すらいない。

 持つのは知的な雰囲気のみ。眼鏡を標準装備している者が多いな。


 視界一面に広がる本棚。


 そこにあるのは背表紙から中身を図れないほど何が書いてあるのか分からないほど難易度の高そうな本ばかりだ。

 入り口に立っているのは如何にも規律に厳しそうな顔をしているおっさんやババア達。稀に若い男や女もいるが、どれも教会にいそうなやつらとはベクトルの違う面倒くささを感じる。


 図書室での勉強が似合う桐原君と誉めているのか貶しているのかよく分からない呼ばれ方もされたことがある俺ではあるが、今の装備は貧相ながらも冒険者としてのもの。冒険者なんてお断りだと言われるかもしれない。

 かといって入り口でまごついているわけにもいかない。どこかに通報されでもしたら面倒だ。


「すいません、この街の成り立ちなどを知りたいのですが……」


 ならば建物内に入り怪訝な顔をされた方がまだマシだろう。

 追い返されたならその時はその時。

 というわけで、この街で一番書物の多い場所、図書館のような建物に俺は突入した。





 結果として俺は追い返されずに済んだ。

 どうやら冒険者がこの施設を利用するのは珍しいらしく、最初こそ訝し気な態度であったが、それは戸惑いから来る態度であったようで、歓迎されていないわけではなかったようだ。

 冒険者といえば魔法使いといった職種もいるが、彼らはこの施設を利用しないのか。


 利用に関しても貸し出しの際にのみ料金が発生するため、施設内での読書であれば無料だそうだ。無論、汚せば買い取らされるらしいが。

 それでも、強くなりたいのならば魔法に関する書物でも読んでおけば魔法の効果が上昇しそうな気がするのは俺だけなのだろうか。

 その疑問に司書らしき男は


「本を読んで得ることができるのは知識です。確かに本を読むことで魔法の種別や正しい使い方を学ぶこともできます。しかし、実戦経験に勝る勉強はない。そう言って魔法使い達もこの施設には足を運ばないんですよ」

「実際に使わないことには分からないってことですか。ならここに通っている人たちというのは……」

「主に研究職の方ですね。他には貴族の使いの者でしょうか。まああの方々はご自分で買われることが多いのでそれも滅多なことですが」


 つまり、現場で働く者達は実際に体を動かし力を付けていき、研究する者はこの施設で知識を付けていくってことか。


「魔法というものがそもそもで使えば使うほど、使いこなすほどに新たな使い方を覚えていくものですからね。彼らの言い分にも一理あります」


 ふむ、それなら一理どころかそれしかないってことになるが、まあそれを言ってここの連中と険悪になる必要もないか。


「さて、こちらがお探しの本ですね。他にご利用になられるものはありますか?」

「でしたら、冒険者に何が必要なのか、そのような解説本でもあれば」

「了解しました。お席は自由です。ただ、飲食はお控えください」

「分かりました」


 図書館での飲食厳禁は日本でも同様だ。特に文句を言うつもりもない。

 それにしても話してみれば話せる男であった。

 あのきつい印象は何処に行ったのやら。これからも用があればあの男に話しかけるとしよう。


 俺は司書の男に渡された街の成り立ち……ひいてはこの世界の成り立ちについて記された本を手に空いている机に座る。


「まずこの世界の名は……載ってないか」


 当たり前か。俺も元の世界の名前が何かと聞かれても分からない。

 星は地球で国は日本。だが世界の名前なんてのは聞いたことがない。


 と、声に出していたら司書らしき女に睨まれた。小声でも独り言は駄目らしい。


 ならば黙読していくか。


 種族は……やはり人間以外にも数多くいるか。

 魔物は別として、エルフを筆頭にドワーフや巨人族、獣人族といった種族は亜人族と大きく人間と分けられている。

 巨人族……ジルも巨人族と呼ばれる亜人族か。そしてこれより向かう者はエルフ。エルフはともかくとして巨人を亜人と呼ぶには抵抗があるな。あいつが化け物すぎたのもあるが。


 ともかくとして、種族はたくさんあるんだな。

 エルフは森の中を好むとか、ドワーフは大酒飲みだとか、ゲームやファンタジー系の小説にあった特徴とほとんど同じであるためここはざっと読むだけでいいだろう。



「職業か……」


 この世界の人間や亜人族は成人になれば何かしらの職業が与えられるそうだ。

 最初の職業はランダムで。そしてその職業に沿ったスキルも得ることが出来る。職業はランダムというが、最近では環境やその者の資質が影響しているようだ。

 剣士であれば剣を習っていたり、魔法使いであれば代々魔法を研究している家系が成りやすいとからしい。

 尤も、職業を変えることもできる。魔法使いの家系に剣士が生まれてもどうしようもない。そんな時は教会で職業を変えることが出来るそうだ。


「ここで教会が登場するのか……」


 イメージ的には呪いの解除や回復、そしてアンデッド系の魔物を倒す役割かと思っていたが……。


「国に認められている……それどころか中枢寄りだな」


 教会に目を付けられでもしたら国から敵視されてしまう可能性が高くなってしまう。

 さらにはアンデッド系の魔物……これは俺のスキルでつくった死体――正式にはゾンビらしいが――も入っている。

 そのため教会の連中に俺が【ねくろまんさぁ】だということが知られたらかなり不味い状況になるということだ。


「ええっと……【ねくろまんさぁ】の資質はっと……」


 探すが見当たらない。代わりにネクロマンサーの資質は記されていた。


 曰く、死体を愛するネクロフィリアなり。

 曰く、生者より死者に触れることが多い。

 曰く、死者に恨まれる者なり。

 曰く、その生は誰からも歓迎されていない。


 ……ハッ!

 どれも俺には当てはまらないな。

 ということは【ねくろまんさぁ】はネクロマンサーとは大きく違うという事だな。ネクロマンサーの上位互換かと思っていたが、ランダム要素があるしただのレア職業だ。


 スキルこそ似ているが、資質は全く違うのだろう。


 そういえば、ネクロマンサーのスキルには【オートリバイバル】も【フリーリバイバル】も載っていなかった。ただの【リバイバル】だけである。

 その効果は蘇生。ただしゾンビではあるが。

 【オートリバイバル】と似ているが、顕著な特徴として感染するという点だ。

 【リバイバル】によって蘇生された死体に噛まれれば致命傷掠り傷に関わらずゾンビへと成り下がるらしい。

 そのためネクロマンサーは忌み嫌われる職業だとか。見つかればすぐさま教会へと連行され強制転職。その後は牢屋で余生を過ごすとか。怖い怖い。


 そのまま、本をぱーっと見ていると司書から追加の「冒険者用語」という本を渡されたためそちらを眺める。

 まあ大方が冒険者ギルドでアシュリーに言われたことであったためこれも適当に見るだけにする。


「よし、そろそろ行くか」


 知らなかった知識もいくらかあったため収穫はあった。

 窓を見やると日は沈み暗くなっていた。

 これでこの施設の用は済んだ。


 ではいよいよ今日のメインイベントであるエルフさん家のご訪問……といきたいところだが、


「まずは墓場に行こうか」

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