第9話 冒険者ギルド
冒険者ギルドに広まる喧騒は特別今だけ五月蠅いようではないみたいだ。
あちらでガヤガヤ、こちらでザワザワ。聞き耳を立てているわけでないから確実でないが、特段同じ内容のことを話しているわけではなさそうだ。
あちらでは最近頻発する魔物について、こちらではパーティ強化について。
恐らく、いつもこれだけ喧しいのだろうこの冒険者ギルドという場所は。
所狭しと並べられているいくつもの机。酒場と一体になっているようで、食べ物や水といった飲み物が机に置かれ、そこでいくつものパーティが話し込んでいる。
どこもかしこも闘う人間というべき者達の装いだ。
革鎧から金属鎧、俺と同じようなローブ、いっそ身軽に上半身裸の男までいる。武器もそれぞれ特徴的であり、腰に剣を下げている者が一番多いが、斧やハンマー、魔法使いのような者は杖を机に立てかけている。
目指す場所は最奥。机を掻き分け進むと、いくつかのカウンターが並んでいた。そこにはそれぞれ見た目の良い女がいる。
近くにはいくつもの紙が貼られている掲示板のようなものが。その前には何人もの男たちがあーだこーだ言いながら紙を手に取っている。
この場所こそが冒険者カードを発行してくれるところなのだろう。そしてクエストの発注所といったところか。
――ステータス
大丈夫だ。
名前はシドウになっている。
職業とスキルは詐称スキルによって変わっているが、初心者と言えば誤魔化せるはず。
「あのー」
ここでも愛想を振りまいておく。
何かあった時、胡散臭いやつと思われるよりは、嫌われているよりは好かれていた方が何かと都合がいいはずだ。
「はい何でしょうか」
カウンターの女はこちらに笑顔で返す。
とりあえず第一印象は好印象のようだ。少なくとも気持ち悪いのが来たとか思われていないはずだ。
「冒険者になりたいのですが、どうすればいいでしょうか?」
ガタリ、と背後でいくつもの音がした。
そちらを見ると何人かの男達がこちらを嬉しそうに見ている。
――歓迎しているわけじゃねえよな……
むしろカモを見つけた時の顔をしている。
ああいったのは高校にもいたな。
自分よりも弱い対象を見つけた時の弱者の目だ。虐められている側からしたら喉から手が出る程欲しい存在。自分の代わりに虐められる弱い立場の者を見つけた時の目だ。
――ただの雑魚だな。相手にしないでおこう
だがしかし、雑魚とはいえ、今の俺からすれば多少闘える程度の人間でも強大な敵である。関わり合い方を間違えれば俺への被害は甚大だ。
まあ今は目の前のことに集中しよう。
目の前の女はギルドの規定やら何やら必死に語っている。
俺がまともに聞いているかすら気にも留めないくらいに頑張っている。俺はその頑張っている女を眺めている。
やがて、ひとしきり言うべき規定を言い終わったのだろう、女は息を吐き切ったかのように浅く呼吸を繰り返す。
「い、以上です……何かご質問はありますか?」
「いえ、大丈夫ですよ」
まあかといって別に全く話を聞いていなかったわけではない。
倫理的な事柄は聞き流したが、クエストの受け方やギルド内におけるランクのことなど、これから俺がやっていく上で大事なことはちゃんと理解している。
「では、まずはこちらに手を当ててください」
女が差し出してきたのは門のところでもやったステータスを表示するガラス板だ。
「文字を書けない、読めない方も多いですので私達がこちらに表示された名前や職業を冒険者カードに記載させて頂いているんです。ええっと……シドウさんですね。良いお名前です」
「ありがとうございます」
そういえばこの女の名前は何だろう。
世間話の一環の世辞とは言え、名を褒められたならこちらも返さなくてはな。
「アシュリー・ホーフェンさん。アシュリーさんですか。そちらも良いお名前だと思いますよ」
確かジルに確認したが、こちらの世界でも最初は名前で後ろが苗字のはずだ。だから褒めるべきは最初の方、アシュリーという名前だろう。
「え……そ、そうですか……そんなこと言われたの初めてです……」
何やら照れているが、あまり褒められ慣れていないのか? 世辞を言われたから返しただけなのに、よく分からないな。
ともかくとして、頬に手を当てて顔を背けているため作業が中断されてしまっている。アシュリーに先を促すように言うと、慌てて作業を再開した。
「こ、これで以上です! ランクは一番下のFからになりますね。ですが、クエストをちゃんと受けていけばランクはどんどん上がります!」
「Fランクのクエストを10回クリアでしたね。Eなら20回、と回数は増えていく」
「そうです。ランクが上がっていけば報酬のお金も増えていくので良い装備を揃えられます。余り無茶をしない範囲で頑張ってください」
「分かりました。色々とありがとうございます」
「いえ、またお待ちしております。その……クエストを受ける際にはぜひ私のところに……」
ふむ、自分のところでクエストを受けてもらえるとギルド側からこの女達に何か特別手当のようなものでも出るのだろうか。それくらい無ければただ仕事が増えるだけだろうに。
カウンターから離れると、空いているテーブルを見つけ座る。
思い出せばこれまで休みなど一度もなかった。
「何かご注文はありますか?」
早速、座った途端に注文を聞いてくる声がある。
どこに店員がいたのだろうと顔を上げると、そこにはアシュリーがいた。
「えへへ……今は暇なのでこちらを手伝いに来ちゃいました」
暇なので来ちゃいましたも何もつい1分前までカウンターに座っていたではないか。よほど暇なのか……。
俺が【ねくろまんさぁ】だという事をこの女は知らない。だから俺の将来性とかいうのを見出したわけではないだろう。かといって、初心者の冒険者がこれからアシュリー専用でクエストを受けていくほどの困っているとは思えない。
目の前のニコニコと笑っているこの女が他のカウンターに座っている女と比べて劣っているわけではないだろうし……何か裏でもあるのか?
「すいませんが、まだこの街に慣れていなくて……何かおすすめの食べ物と飲み物を」
そう言うと、アシュリーはくすりと笑う。
「敬語は結構ですよ。冒険者の方なのですから、こちらは危険なクエストに向かって頂くのをお願いする立場なんです。もっとどっしり構えていてください」
何だか弟を諭すような言い方であるが、アシュリーは柔らかい口調で注意する。
「あ、ああ分かり……分かったよ」
「はい、それで大丈夫です」
アシュリーはニコリと笑った後、
「では朝食用のスープとパン、サラダのセットと温かいお茶を持ってきますね。これなら初心者の冒険者でも払えるくらいの安いお値段で済むので」
なんでそこまで見下されているんだ……? いくら初心者とはいえ。
……ああ、そうか。この装備か。
俺の今の装備はローブを羽織り、小さいナイフを腰のベルトに刺しているだけ。
およそ盗賊らしからぬ格好に、盗賊用の衣装すら揃えられない貧乏な初心者冒険者とでも思われたのだろう。
「じゃあそれで頼む」
アシュリーに値段を尋ねるとそれは思いのほか安かった。ちなみに通貨の概念などはジルに教わっている。
どこの国でも、人間が治めているならば金貨・銀貨・銅貨が使え、銅貨が100枚で銀貨、銀貨が100枚で金貨である。銅貨が一万枚ないと金貨にならないことから金貨の価値の高さが計り知れる。
ちなみにこの朝食セットは合わせて銅貨5枚だとか。ジル曰く果実を買うのに銅貨4枚程度らしいのでそれとほぼ同額。安い。
――救済処置、なんだろうな……
運ばれてきた朝食セットを食べながらそんなことを考える。
これから先のことを考えよう。
アシュリーに舐められてしまったように、今の俺の装備は貧弱そのものだろう。冒険者に見えていない。
どこで揃えるか? それは武器屋防具屋に他ならない。
アシュリーは何が楽しいのか俺の傍で待機している。
まるで俺に呼ばれたらすぐさま駆け付けられるように。
武器屋防具屋の場所と、一般的に普及しているものの値段でも聞いてこの場から一旦撤去しようかと思った瞬間であった。
「なあ、聞いたか? あの有名なエルフの変わり者が死んだらしいぞ」
そんな話題が、隣のテーブルから聞こえてきた。
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