第8話 門

 人の善悪を問われた時、俺は間違いなく性悪説を唱えることだろう。

 人の本質は悪である。人を憎み、人を妬み、人を蹴落とす。信じることはできるが疑うことを容易とする人は悪以外の何者でもない。

 だが、何も悪性が100%と言っているわけではない。

 悪と善、比率が悪寄りであると俺は言いたいのである。

 2つの事柄を天秤に掛けた時、自分と他人の利益であれば自分の利益を優先する。それが人なのである。他人の利益を優先するやつは余裕があるやつだけ。


 絶対的に自分が損をしないように立ち回り、他人よりも上へ上へと昇ろうとする。

 そこに感情があるとすればそれこそ間違いなく悪感情であり、人の本質は悪性であることの証拠なのである。





「よし、スジャッタへの入国を許可しよう」

「ありがとう」


 だからこそ、こうしてマイクの姿を偽り、マイクの冒険者カードを勝手に使うことで、あの頑なに俺を疑っていた若い兵士はあっさりと門の中に俺を招き入れた。

 スジャッタというのはこの街なのか国なのかともかくこの門の先の地名だろう。


 何事も身分が保証されている人間には優しくできる。だが、知らない人間、全くの見ず知らずの他人にはどこまででも冷徹になれる。


 そしてさすがと言うべきか、中年の兵士は違った。


「待て」


 門を潜り抜け、街への第一歩を踏み出そうとしていた俺を中年の兵士は呼び止める。


「……なんだ?」


 もしやバレてしまったのか?

 いや、姿はマイクそのものだとジルは言っていた。さすがに大男は人間の姿の見分けがつかないとかだと終わっているが、そもそも首飾りの能力で偽っているのだ。問題ないだろう。

 ならば別のことか?


「お前、ピエールと一緒じゃなかったか? あいつはどうした」


 ピエールというのはあの弓使いのことだ。

 ちゃんと弓使いの冒険者カードも服を漁って探して名前を確認しておいたから間違いない。


 ピエールな。死体だし話すことができないだしで置いてきたが、そういえば2人1組で行動していたんだっけか。


「あいつは……」


 さてどう言い訳しようか。

 殺したなんて言えば門の中に入るどころか檻の中に入ることになりそうだ。

 かといって死体になってますなんて言えるはずが――


――いや別にいいかそれで。


「あいつなら……死んだよ」

「なに!?」


 ちなみに俺の話し方であるが、ジルに聞いたところ、弓使いは喧しく、マイクは寡黙であったと言っていたから俺は口数を減らしている。


「どういうことだ!」


 すぐに若い兵士も突っかかってくる。

 まあそうだよな。人の生き死にには敏感だよな。

 見知った顔ならよりそうだ。


「ピエールは野営のために鳥を打ち落とそうとしていたんだが、それが外れて……あの森のデカブツに当たったんだ」

「……あいつか」

「近づく人間全てを殺すからな。そうか、ピエールは逃げきれなかったか」

「助けようとはしたんだが、時すでに遅しでな。ならば俺だけでもと命からがら逃げだしてきてしまったというわけだ」


 これぞ秘技、自分でやったことは責任取ってもらおう作戦だ。

 元々ピエールが死んだのも、マイクが死んだのもジルがやったことだ。どちらから仕掛けたのかは知らないが、結果的にはジルが2人を殺していることに変わりはない。違うのはマイクも死んでいるということだな。案外逃げては無く共に闘ってマイクは死んだのかもしれない。


「というわけで俺は疲れているんだ。すまないが一刻も早く疲れを癒したい」

「あ、ああ……」


 仲間が死んでいる。そしてそれを聞き出してしまった。その負い目から若い兵士は俺の言葉に頷く。

 ……やはりチョロい。なぜ俺が元の姿の時にあれだけ疑われたのか、それが嘘みたいなチョロさだ。


「それなら一応、ステータスを見させてもらうぞ」


 しかし中年の兵士は感情に流されない。

 長年、人の死を見ることが多かったのか、弓使いの死を聞いても淡々と作業を進めていく。

 中年の兵士が取り出したのは一枚のガラスのような板であった。


「これに手を当ててくれ。すぐにすむ」

「……随分疑り深いんだな」


 まさか変装しているとか疑っているわけでもあるまいし……。いや、ここまでやるということは何か疑われるようなことをやったか?


「昨晩な、ネクロマンサーを名乗る男がやってきたのだ。すぐさま追い返したが、お前がそのネクロマンサーに操られている死体とも限らない。まあそこまで話せるのだ。これは念のため、というやつだがな」


 ……昨日のことが随分と響いているな。

 あれだけのことがここまでだとは。


「分かった」


 まあ大丈夫だろう。

 【詐称】のスキルを使っている。

 ……どうやって見るかは知らないが、問題ないはずだ、うん。


 ガラス板に手を当てる。すると、ガラス板は光り出して何やら文字が浮き出てくる。


 ……というか、ジルよ。ステータスを見るアイテムとやらは貴重だから教会と冒険者ギルドにしかないと言ってたじゃねえか。

 嘘つきやがったのか? ……いや、あれだけの図体だ。街にしばらく関わっていないはず。ならば普及したのだろうか。


「名前はマイク、職業は剣士。状態も普通だな。よし、大丈夫だ」

「……じゃあ通るぞ」

「ああ、疑ってすまんかったな。まああの森には近づかないようにしてこれからも頑張ってくれ」


 今度こそ門の中へと入れてくれるようだ。

 俺は軽く兵士達に会釈し、通り過ぎていく。


 ようやく、だ。

 ようやく街に入ることができた。


 伸びをしながら周囲を見渡す。


 レンガ造りの街並みだ。木造りの家は一軒も見えない。火事になっても安心だな。家の中で蒸し殺される。


 俺いつも思うんだよな。木で作られてたらそこが燃え落ちて逃げ場所になるんじゃないかと。

 火事って煙が肺に入って酸素を肺に取り入れるのが困難になって死ぬらしい。だから火自体で死ぬことは早々ないとか。

 だからレンガ造りだと逃げ場所に火があったら終わりなんじゃないか? 煙がすぐに充満しそうだし。


 まあ魔法があるしすぐさま火を消してくれるんだろう。

 俺も街に入れたことで気が大きくなっているんだろう。余計なことは考えないようにして、とりあえず路地裏に入るか。



「……これでこの首飾りはもう用無しか」


 俺は自分の首にかかっている首飾りを手に取る。

 

 路地裏の、誰も見ていない場所で元の姿に戻る。

 首飾りの効果は一度だけだと言っていた。

 ならばこの首飾りはもうただの首飾りなんだろうか。……とっとと売り払っちまおうかな。


 ついでに詐称スキルを解除し……いや、名前だけ戻して職業とスキルだけは弄る。



――【詐称】



名前:シドウ

種族:人間

職業:魔法使い

状態:通常

スキル:



 ……スキルをどうしたものか。

 魔法使いにしたのは【ねくろまんさぁ】が魔法使い寄りの職業であったから。

 しかし、魔法使いなのにスキルが魔法系何も使えないのは問題だ。

 

 いっそのこと魔法使いじゃなくてもいいか。

 偽るだけならどれだけでも偽れる。

 

 うーんうーんと悩んでいると、


「おいゴラァ! んなとこで何してんだ」


 声を掛けられた。同時に軽く体を押される。

 後ろには顔に傷のある小柄の男がいた。


「あ?」

「こんなとこにいるってことは金をむしり取られたって文句はねえってことだよな?」


 声を掛けてきた男は小さいナイフをちらつかせる。

 

 ……ああ、チンピラの類か。

 俺から金を巻き上げようとしているんだろうが、俺は無一文だ。アイテムボックスに多少便利な一回限りの宝物は入っているが、他には何もない。念のためマイクの持っていたバックはあるが、大したものは入っていなかった。


 尤も、金があろうと、こんなやつにやることはないがな。



――【オートリバイバル】



 周囲に人間の死体はない。

 だが今人間の死体を蘇生させて事を荒立てるつもりはない。


 こんなやつ、虫で十分だ。


 路地裏はさほど手入れがされていない。地面はゴミだらけ。泥だらけ。枯れ葉だらけだ。

 当然、虫やネズミのような小さい動物もいるだろう。


「な、なんだぁ!?」


 ゴミ捨て場のようなゴミ山から小蝿のような虫から蜘蛛のような虫まで、そしてネズミのような動物が一斉に飛び出し、男に飛び掛かる。

 虫たちは牙や針を用い、ネズミのような動物も歯で噛みつく、爪で引っ掻いていく。


 致命傷ではないが、少なくない数の傷が男の体に刻まれていく。


「……ちっ」


 男は必死に腕で虫たちを振り払うが、後から後から湧き出てくる虫たちによって更に傷つけられていく。

 恐らく男にとっては多少痛いだけであろう。だからこそ、嫌な痛みになっているのであるが。もっと、致命的な痛みであれば脳が勝手に痛みを減らしてくれるであろうから。


 振り払っても振り払っても、キリがないと思ったのだろう。そして同時にこの虫たちが男にだけ、俺には一匹もたかってこないことから俺が操っていると察したのだろう。男は逃げるように去っていった。


 男が去ったのを見て俺は虫たちへの命令を止め、そのまま元の場所へと返す。

 虫まみれになるのは俺も嫌だわ。


「ん……あいつナイフ落としていったか」


 まるでモンスターを倒した時のドロップアイテムのように先ほどまで男がいた場所には小さいナイフが落ちていた。虫を叩き落とす時にナイフを持ったままだと自分を傷つけてしまうから手放してそのままだったのだろう。


 まあ敵を倒していないから逃走を許した形になるが、それでもあの男はこれから先、苦しむことになるだろう。

 これだけの数の虫に刺され、決して清潔とはいえない小動物に引っかかれ噛みつかれたのだ。破傷風にでもなることだろう。


「みすみす見逃したわけじゃねえからな……せいぜい後悔でもしていろ」


 くっくっくと路地裏で1人笑う男。


 ……これ以上周りに怪しまれないうちにとっととここから移動するか。


 えーと、スキルだったか。そもそも職業から変えてしまおう。



――【詐称】



名前:シドウ

種族:人間

職業:盗賊

状態:通常

スキル:索敵



 これでいいか。

 ローブだが、まあ服装なんて関係ないだろうし、索敵なら虫や鳥を通せばいくらでも見渡せる。

 そもそもで冒険者ギルドで新しく冒険者カードを発行さえ出来ればそれでいいのだ。その場しのぎ上等である。



 路地裏から出て道行く人に冒険者ギルドの場所を訪ねる。この時は兵士達とのファーストコンタクトと同様の笑顔を貼りつけ愛想よくする。相手は若い女性であったが、首尾よく場所を聞き出し、礼を言う。


 しばらく教えられたとおりの道を歩くと、大きな建物が目に入る。これが冒険者ギルドであろう。通り行く人は俺をチラと見やるがすぐさま目線を戻す。


――街中でローブ姿は不味かったか


 マイクの姿から本来の姿に戻した時にローブを羽織ったが、周りを見渡せばそのような者は少ない。全くいないわけではないから見咎められることはないが、怪しく映ったのかもしれないな。


 普通であれば少しは緊張し、深呼吸でもするだろうが、そんなのは無駄である。

 何の躊躇もなく扉を開くと、大きな喧騒が俺の耳に入ってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る